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2005年 02月 04日
わたしたちは、なぜエスをはなれたのでしょう。
やはり、あきらかに不正と思われる行為を続けることができなかった。または、組織の枠組みに縛られて自分の心を無理やり閉ざすことに耐えられなかった。あるいは、非人道的な教義(秀明特有の)をそのまま鵜呑みにして信仰していくことができなかった。 などが、あげられるでしょう。 エスからはなれていく過程で、人それぞれのいろんな物語がつむぎだされます。 生活の場所もさまざまで、考え方も一人一人まったく違ってきます。あるときには、その考え方の違いから、仲違いすることもしばしばだと思います。 でも、共通点もいくつかあると思います。 その一つは「心」を失った人々ではないということ。むしろ「心」を大切にしたいから、「はなれエス」になったのです。 わたしは、先日、ふらっとマルイ・デパートへ出かけました。 数台のエレベーターが並んだフロアでエレベーターが到着するのをボーっと待っていると、わたしのいる場所からいちばん遠くはなれたエレベーターの扉が開いているのに気づきました。 あわててそこへ走っていきましたが、すでにエレベーターは閉まりかけ、なんとか<開く>ボタンに手が届き、どうにか乗り込むことができました。 そのとき、わたしは中にいた人がなぜ、わたしに気づいて<開く>ボタンを押してくれなかったんだろうと、不遜ながらちょっと不機嫌な顔で、睨み返してしまいました。 するとそこにいたのは、インド系と思われる青年で、わたしにむかって申し訳なさそうに「ニコッ」と微笑んで会釈してきたのです。それを見たわたしは、ぎこちなくも、すかさず「微笑返し」に応じることができました。そんなさりげないことだけでも、気持がとても晴れやかになり、エレベーターを降りてしばらくは、爽やかな心地がずっと続いていたものです。 「はなれエス」。 ほんとはこんなレッテル、はやく外してしまったほうがいい。 でも、わたしは、こういった「さりげない心を大切にする」人々の総称として「はなれエス」が使えるようになったらいいな、と思います。そうして、その「心を大切にする」輪を、いずれは一般社会に、さらには世界へもと広げていくことができたら…。 そんなことを、このブログのもう一つの目標にしたいと考えています。 そうすると「エス」というのは、そのときには「殺伐」あるいは「世知辛い」などの頭文字から取ったものということになるんだと思う。 わたしは、前々回のブログで、ずいぶんと思い上がった言い方で、Nさんを紹介しようとしてしまったこと、ちょっと反省しています。 できれば、明日あたりにNさんに登場してもらいたいと思います。 それでは、また!
by anoano21
| 2005-02-04 23:07
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