|
以前の記事
メモ帳
最新のコメント
最新のトラックバック
お気に入りブログ
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2005年 03月 26日
工房の窓からはこんな風景が眺望できました。羨ましい。 心地よく雑然とした仕事場。 いつの間にか居ついてしまった猫。 御馳走は付近に自然に生っているものを利用しています。とっても美味しい!この写真はフキノトウです。
# by anoano21 | 2005-03-26 16:02
2005年 03月 22日
![]() 何をやっているんだー! ブログは、内容を特化したほうがいいようなのですが、わたしの場合、興味が多方面にわたってしまい(ようするに何の取り得もない)ダメなのです。 それならその多方面の興味をそれぞれ分類して、多数のブログで分けてしまえば、自然と一つ一つのブログが特化するのではないかとの安易な発想からこんなことになってしまいました。 それで、今回は、わたしが開設したブログをここでご紹介するとともに、さまざまな業者のブログサービスの特長を解説することで、これからブログの制作を考えている方々のお役にたてればと考えました。 エキサイトブログ ここでは、このブログ「エスをはなれて」と「きみをたずねて幾星霜’60s」というのを開設しました。 エキサイトブログは、基本的なブログの機能をほぼ押さえていて、操作もシンプルで簡単です。また、サーバも軽く安定しているので、更新にも時間がかかりません。 ただ、アクセス分析は訪問者数を表示するだけで、どこから訪問してきたのかなどの解析はできません。 まず、ためしにやってみようという方には、ここが一番いいように感じます。自分のテーマが決まってからそのテーマにあったブログを探してみるというのがいいかもしれません。 ライブドアーブログ ここでは、「渋谷通信」という写真日記をやっています。 ライブドアーブログは、かなりいろんなことができそうなのですが、けっこうわかりづらい。 サーバは安定しています。それからブログのデザインテンプレートも豊富です。容量が2G以上あるので、画像を多用したい人にはお勧めです。かなりポイント高いのですが、わたしはイマイチ使い方がわかりません。 FC2ブログ ここでは、「イヒ!」という子どもの本を紹介するブログと、「おいしく現代美術」というのを開設しました。 ここは、機能も豊富で操作もわかりやすくて簡単、とてもスキなブログサーバです。デザインも豊富で、1Gの容量も魅力。かなりオススメです。 Seesaaブログ ここでは、「夢で逢いましょう」というイメージとシンボルを楽しみながら学ぶブログを考えています。 ここも、機能が充実していて操作もわかりやすい。わたしはまだあまり操作していないのではっきり言えないのですが、かなりの高得点ブログサーバだと思います。何でも出来そう。 あと、ビッグローブのウェブリブブログで「きみをたずねて幾星霜」という20年代のモロモロを紹介するブログも作っていますが、ここは有料なのでここではコメントしません。 と、まだ更新していないところがほとんどなのですが、これからドンドンアップして行きたいと考えています。 まったくわけがわからなくなりそうですが、よかったらたまに覗いてみてください。 # by anoano21 | 2005-03-22 17:05
2005年 03月 17日
![]() お元気ですか? わたしの趣味の古書店を仮オープンしました。 正式オープンはまだまだ先となりそうです。 といいますのも、凝り性の性格がわざわいして、なかなか進まないのと、郵便局で振替口座を開設しようとしたのですが、なかなかスムーズに行かないのです。やたらと決まり事が多く、その決まりに利用者が縛られている感じで、やっぱり民営化を望んでしまいます。 それから、以前にもお知らせした「渋谷通信」ですが、熟考(?)のすえ、Live door blogではじめました。Yahooは、4月から正式スタートらしく、現在は、beta版のようでどのようなものになるか予想ができないので、ホリエモンのほうで始めることにしました。 Live door のほうは、無料版と有料版があるのですが、無料版でも結構使えます。ただ、アクセス解析ができません。でも、アクセス解析ソフトを使用すればそれはなんとかなることだし、いまのところ、そんなにアクセスを気にしている状態ではないのでとりあえずこのままでスタートしました。 そしてこちらの「エスをはなれて」では、前回の記事にもありますように、もっと気楽に縁側のようなお付き合いができるブログにしたいと考えています。 よろしかったら、ご意見やこんな情報がほしいということなど、コメントしていただけましたらうれしいです。 よろしくお願いします。 # by anoano21 | 2005-03-17 11:26
2005年 03月 10日
![]() 考えて考えて、 コトバをきれいに並べても、見ている端からズレていく。 永遠に完成することのないジグソーパズルのようだ。 でも、パズルなら、どこかにピッタリのピースがあるはず。 それを、時間があるとき、ゆっくり探してみたい。 石と会話ができる彫刻家を知っている。 木の言葉を聴くことができる植木職人もいるらしい。 アマゾンの霊媒師は、木の精霊の声を聞く。 彼は、老齢となり現役を引退したのち都会へ出て、 こどもたちに絵を教えているという。 その絵には、霊媒師だったころに見た森の精霊たちが 鮮やかな色彩で画面いっぱいに描かれていた。 彼は、課外授業で、こどもたちを都会からジャングルへ連れていく。 大きな木の前で立ち止まり、こどもたちに語り始める。 「この木には、森の主が宿っている。私はその姿を本当に見たことがあるんだよ。」 こどもたちは、興味深く尋ねる。 「森の主はどんな姿をしているの?」 「それは、巨大なヘビだった。そして私にこう語りかけたんだよ。」 よ う こ そ こどもたちは、目を輝かせて、その木をもういちど見つめる。 そしてかすかに、森の声を聞いたような気がする。 それから老霊媒師は、こどもたちを引きつれ、都会へと帰っていく。 なんて気品にあふれた姿なんだろう。 わたしもこんどの休みの日には、森へでかけてみよう。 # by anoano21 | 2005-03-10 11:47
2005年 03月 08日
![]() 現代美術を見に行きたいと言っていながら、「民芸」を見に行ってしまった。 というのも、ここは、わたしの職場から歩いて10分くらいなのでスキをねらって訪れることが可能だったのです。 開催中の展覧会は、「特別展 大津絵」(3月27日まで) ここには、“のんべえ”でチャーミング(といってもわたしよりグッと年長の男性)な学芸員Oさんという方がいます。 Oさんは、著書の中で、こんなことを言っています。 「借金してまで骨董を買って、ますます深みにはまっていく。それにしても、なぜ買わねばならないのか。・・・ 手元に置いて眺めたい。実際に使ってみたいということなんでしょう。買ってみないと分からないこともありますから。肝心なのは買うまでの葛藤です。そのたびに、お金を介して自分の『目』と格闘することになる」 骨董を前にした、骨董ファンの目つきというのは、おいしい「お酒」が眼の前で注がれていくときのそれと似ています。そういえば、先日このブログでも書いたドラマ「溺れる人」の篠原涼子がワンカップ大関を目の前にしたときの表情、あれです、あれ。 これは、一種の宗教みたいなもの。洗脳されるとなかなか抜け出すことはできません。でも、骨董だったら洗脳されてもいいかな。 さて、今回展示されていた「大津絵」ですが、“特別展”と銘打たれているとおり、民藝館が収蔵している全作品を一堂に介したものだそうです。 これはほんとに楽しめる展覧会。たとえば、顔かたちは鬼のままで、衣装や小道具だけは一生懸命僧侶に見せていてもすべてお見通しですよ、と「鬼の寒念仏」がこれでもかこれでもかと登場。権力者や偽善者は、いつの世も庶民の物笑いの格好の素材なのですね。 この楽しさは、なんといっても、これらの作者が「芸術作品」を創ろうと気負っていないところからやってくるのでしょう。 いや、ひょっとしたら、作者は「おれは、芸術家だ!」と思っていたかもしれない。でも、これらからは芸術作品最大の落とし穴“嫌味”がまったく感じらません。 この展覧会で配られていたチラシに載っていた日本民藝館の生みの親“柳 宗悦”の「大津絵について」という論文によると、 「絵画には二つの流れがあって、一つは大画家の作で在銘のもの、…近世の絵画史家が主として取り扱って来たのは、もとよりこの種の個人的絵画であった。しかるにこれとは全く別に、「民画」と称すべき一群の絵画の流れが存在する。性質が大変に違っていて、無銘品で、また何等かの実用性があって、しかも同じものがしばしば沢山描かれ、安価に売られる。その性質が極めて民衆的であるから、これを私は総称して『民画』と呼ぶことにしている。・・・」 その中でも「大津絵」は最も典型的で優れたもの、とのこと。 「何等かの実用性があって」というのがポイントなのでしょう。量産品のため何回も職人が描いているうちに身に着けてしまった技術。しかもその技術を鼻にかけても有名になることはないから、ひたすらコツコツと仕事をしていくしかない。 でも、そのコツコツが、いつのまにか「遊び心」のような境地に達して、何百年後のわたしたちをも楽しませてくれる。 わたしのように、「どうやったら面白いことができるだろう」なんてことにばかりに囚われていては、本当に多くの人々を楽しませることはできないのでしょうね。 「ひたすらコツコツ」かあ・・・。苦手なんですねェ これが...。 # by anoano21 | 2005-03-08 23:08
2005年 03月 07日
![]() 「どうですかあ。歯のほうは。」 おそらく20代ではないかと思う若い女性の歯医者。 その前にかかっていた歯医者は、そこから約200メートルも離れていないところにある自宅に寄生して開業したような治療所(その反対で治療所に寄生した自宅といったほうがいいのかも)で、60も半ばを過ぎているであろう家主が、奥さんを助手に従え、歯の治療にあたるという完全家内工業で運営されていた。 なにしろ助手が着ていたのは「かっぽうぎ」なんですもの。 わたしは、病気には縁があっても、病院にはマルっきり縁がないという生活を送ってきた人間なので、とうぜん歯科医の選定にも経験則が不足している。 それでも、こちらの歯医者に移って正解だと言い切ってしまえる。 「今日は、左の奥のほう、ブリッジ入れますからね。」 静かに治療イスの背もたれが下がっていく。右手の治療台には、これからわたしの歯に装着されるであろう銀色に光るナマコのようなものが見えた。あれが「ブリッジ」というものなのだな。 唐突に「ブラッシー」というコトバが浮かぶ。かつて「吸血鬼」の異名を取ったプロレスラー、フレッド・ブラッシーのことだ。得意技は「噛み付き攻撃」。ジャイアント馬場を幾度となく失神へと追い込んだ恐怖の男。 「お口を開けてください。」 銀色のナマコがはめ込まれる。しかし、すぐに取り外された。グィーンとナマコを削る音…。 ブラッシーは、よくマスコミのカメラの前で、歯をヤスリで磨いてみせた。ああやっていつも歯を手入れしているんだなと、少年のわたしは関心したものだが、いま思えば、あれではどんどん歯が削れていって、しまいには自慢の歯も無くなってしまったんじゃないかと心配だ。歯医者に怒られたことだろう。 いや、歯がなくなったらこんどは、金の入れ歯を装着して「黄金の歯を持つ男」と異名を取り、対戦相手を恐怖のどん底に落とし入れようとしていたのかもしれない。いや、それでは凶器攻撃になるから反則だ。あ、噛み付き自体反則だった。 「はい、噛んでみてどうですか? こんどは違和感ないでしょう」 いくら噛み付きに磨きをかけても「ブラッシー」も「ラッシー」には歯が立たなかったろう。「名犬ラッシー」のことだ。なにしろこちらは犬なんだから、噛み付きにかけては本業だ。 世界中の人々から恐れられ、嫌われた悪役「ブラッシー」と違い、「ラッシー」は世界中の子どもたちから愛された。アニメや映画もあるようだが、わたしが見ていたのはテレビの実写版のほうだ。 主人公ジョンのもとへ一直線に走ってくるラッシーがテレビに登場すると、わたしはヌイグルミのラッシーを持ってきてハシャイでいた、と母から聞いた。が、記憶にない。 「ブリッジを装着したところ、神経抜いてないので少し痛むかもしれません。神経を抜いてしまうと血液の流れが悪くなるので、虫歯になりやすいんですね」 ラッシーも虫歯になったろうか。わたしが子どものころ飼っていた犬は、虫歯になって「犬の歯医者」で治療してもらった。「犬の歯医者」と聞いたとき、「犬が歯医者さん!?」と感激してしまったが、「犬のための歯医者」だと知りちょっぴりガッカリしたのを思い出す。 「はい、じゃあ今日はこれでおしまいです。おつかれさまでした。」 いいえ、わたしのほうは「ブラッシー」と「ラッシー」のおかげで、有意義なひとときでした。 家に帰ってきて、「フレッド・ブラッシー」とネット検索してみたところ、彼は2003年6月、内臓疾患により死去したとのこと。享年85歳。 亡くなったとき、彼の歯は、どんな風に変化していたのだろう。 ご冥福をお祈りいたします。 # by anoano21 | 2005-03-07 18:04
2005年 03月 06日
![]() わたしを青い火であぶって、盛んにかぶりつかせた “自己実現”などというもっともらしい人生読本より、 “パチンコ攻略法その嘘と真実―最終兵器「インテグラ打法」ならあなたは絶対に負けない!” とか、 “グレイシー秘伝最強肉体改造術” なんかのほうが、はるかに役立ちそうだし、 なにより健康的に思える今日この頃。 「魔球」のために命を縮めることさえ厭わなかった 70年代アニメを見て育ったせいか、 “人生かけて”とか“命をかけて” なんでも取り組まなければいけないと思っていたのですが、 そんなシチュエーションには、めったに遭遇することはなく、 結局、それを探すために「命」をすり減らしてきてしまった。 それでも、わたしは、今日も、こうして、性懲りも無く、年甲斐も無く、恥も外聞も無く・・・ あらたな「魔球」を生み出すべく日夜努力を惜しまない。つもり・・・ # by anoano21 | 2005-03-06 12:08
2005年 03月 04日
![]() ころばないように気をつけてくださーい。 さて、先日よりブログで面白いことをやろう! と呼びかけていますが、実はわたしもまだ初心者の域を脱していない状態なので、とにかくいろんな試みをやってみて、やりながらいろいろ考えていってみたいと思います。 わたしの仕事柄、おもに美術関係の情報誌がよく届きます。 それで、今回は、その中からanoano的視点で面白そうな展覧会(単にわたしが行ってみたいもの)などを紹介してみることにしました。 でも、実は、わたしは土日も仕事で、ようするにどこへも遊びにゆけない寂しい身の上なので、ここにご紹介する展覧会などへはほとんど行けないかもしれません。それで、想像で楽しんでみる、なんていうますます寂しくなってしまうことをあえてやってみます。 ○「瀧口修造 夢の漂流物」 世田谷美術館 2月5日~4月10日 ご存知の方も多いかもしれませんが、この瀧口修造という人は戦前にいちはやくシュルレアリスムを紹介したことで知られています。第二次大戦後は前衛的な詩人や芸術家、音楽家たちと「実験工房」というグループを結成して現代美術に大きな影響を与えました。そして彼は、ほとんど誰にも理解されなかった若手前衛芸術家を支援して、世に出るきっかけを作った人でもあります。 彼の西落合にあった小さな書斎へは、多くの芸術家たちが訪れ、面白い作品をたくさん残していったようです。それらは瀧口が集めようとして集まったものではなく、浜辺へ漂着した漂流物のようなもの。それらのおよそ700点を展示ということらしい。 行きたい度★★★ ○「チャールズ&レイ・イームズ」展 大丸ミュージアム東京 20世紀のアメリカンデザインに形を与えたといわれる巨匠の展覧会。1997年から世界各国を巡回している過去最大の回顧展で、イギリスでは“この年、ロンドンで最もエキサイティングな展覧会のひとつ”と評されたらしい。科学的思考をそなえた若き建築家、チャールズ・イームズ(1907-78)は、抽象美術家として活動していたレイ・カイザー(1912-88)と結婚。才能あふれた2人が出会ったのがラッキーで、家具、空間構成、映画など広大な分野にわたる共同作品としての“イームズ・デザイン”が生まれたとのことです。 行きたい度★★★★ ○「おたく:人格=空間=都市」展 東京都写真美術館 2月5日~2005年3月13日 去年9月から11月までイタリア・ベネチアで開催された「第9回ベネチア・ビエンナーレ建築展」での日本館の展示は、連日驚きと興奮に包まれ一大センセーションになってしまったらしい。日本館のテーマは「OTAKUが変えた都市空間」。東京・秋葉原を「家電の街」から「オタクの街」へと構造と景観を一変させた「アニメやマンガなどのオタク文化」を、「オタクの街」を会場に再現して展示するという前代未聞の挑戦であったとのこと。その展覧会を日本に凱旋帰国させて展示しているようです。たしかにこの街は、西洋人にとっては世界でもっとも興味深い場所らしい。わたしも先日、フランス人画家を東京案内したが、「I’d like to go to AKIHABARA.」と盛んに言っていました。 行きたい度★★★★★ ○「創造のさなかに ただいま製作中!」 練馬区立美術館 2月19日~3月31日 現代美術はさっぱりわからない。とはよく言われることだけど、ハマッテしまうとこの世界は実に面白い。なぜ?と言われると「面白いから」としか答えられないわたしが悔しいけど、この現代美術のさまざまな局面をわかりやすく紹介する「現代美術の手法シリーズ」の第七回目らしい。今回は作家の構想から完成までの制作過程にスポットをあてて、創作の現場も公開するとのことです。 行きたい度★★★ てなところでしょうか。 わたしの好みからどうしても現代美術が中心になってしまってますが、「古きを暖め新しきを知る」ということもたしかに大切ですが、現代に生きているわたしたちのアートに接っしていったほうが、より今という時代をもっともっと深く知ることができ、またこれからの未来を予測することもできると思います。 今日はこのへんで! # by anoano21 | 2005-03-04 14:17
2005年 03月 02日
![]() 日本テレビで夜9時からやっていた「溺れる人」。比較的恵まれた環境で育ち、幸福な結婚をした女性が、なぜアルコール依存症(いわゆるアル中)になり、その病気との格闘がどんなに凄まじいものかをマザマザと見せ付けられたなかなか見ごたえあるドラマでした。 主人公を演じていたのは篠原涼子で、この人はわたしと同じマイペースB型オトボケ派が売りなだけと思っていましたが、実はスゴイ演技力ありでビックリしてしまいました。 自称「アル中」という人(わたしの友人にも)がけっこういるものですが、このドラマを観ると軽々しく使えなくなる。こんなにも残酷な病気だったんですね。 酒を飲めば、自分を失うまで飲み続けなければいられない。やがては酒を手に入れるためには手段を選ばず状態になってしまい、この主人公もスーパーで意識が朦朧とした状態で万引きをしてしまう。そして当然、家庭が崩壊していく。そのことは充分承知していても、やめられない。そして治療を受けて「断酒」をすれば、恐ろしい禁断症状との闘いがまっている。やがて主人公は自らの意志で「閉鎖病棟」(いわゆる監獄)に入所する決意をする。 主人公の治療にあたる看護師(?)役の室井滋が彼女に言う。 「この病気になる人はね。完全主義者が多いの。なんでも100点でなければ気がすまないっていう人ね。だから余計に自分がアル中であることにショックを受けて悪循環になってしまう。でもね、世の中には、100点もなければ0点もないのよ。」 ドラマを観ていくうちに、主人公がアル中になってしまった原因が、教育熱心な母親(これも栗原小巻が好演)にあることがわかってくる。その母親の希望に一生懸命答えようとするけど完全にはできない。あたりまえなんだけど、彼女にとってはそれが強いコンプレックスになってくる。でも、観ている誰もが母親を責めることはできないでしょう。母親が自分の娘に心から幸せになってもらいたいと思ってやってきたことなんだから。 なんだか急にわたしの少年時代を思い出してしまった。わたしも小学校一・二年のころだったか、親戚の叔父さんにこんなことを言われたのを思い出します。 「anoanoちゃん。○○家の名を世の中に広めるくらいの人間になってくれよ」 単純なわたしは、ほんとうに世の中に名を轟かせる人間にならなければいけないと本気で思ってしまった。もちろんそんなことは実現できない人のほうが大多数なのに、それが出来ないのは、自分に責任があるみたいに考えたことがたしかにあったような気がする。わたしは幸いにも、お酒はあまり飲めるほうではなかったので、アル中にはいまのところ縁遠い感じですが、実は誰でもこんな「闇」に簡単に落ちこんでしまう可能性がある。 そこから救い出すことが出来るのは「家族の愛」がいちばん大きい。そして主人公が最後に語る言葉が印象的だ(ちょっとそのコトバ忘れてしまったので正確ではありませんが)。 「わたしはアルコール依存症です。まったく不完全な人間です。でもそれを認めることによってはじめて、ほんとうに他人との愛情を知ることができました」 「エス」という誰もがひとつくらいは体験する思い出したくない事柄。それは、こんなふうに責任感や思いやりが強い人ほど、その体験に遭遇する機会が多いように思う。でも、どんなことでもそれをプラス方向へ転換することは可能だ。 話は変るけど、こんな風ないいドラマって、けっこういまでもやってるんですね。 わたしは、NHK土曜ドラマがすっごく好きでした。1990年代後半くらいで終了してしまったように記憶していますが、かなり内容の濃い、人間の心理を絶妙に描いた個性的な作品(ようするに商業ベースに乗らない)がたくさん登場していて、わたしは大ファンだったんだけどなあ。(いくつかはビデオに集録している。こんど見直してみよっと) その中でも、いま思い出すことができる作品としては、大竹しのぶが主演していた「八月の叫び」。記憶喪失の音楽家を追う女性が主人公で、ヨーロッパを舞台にして、時代は「プラハの春」(1968年)あたりだったように記憶いている。カフカを生んだチェコ特有の不条理感がただよったドラマで、大竹しのぶが、並木道でとつぜん発狂して「あーーーー」と叫ぶシーンが印象的。こんな作品、民放ではぜったい上映できないでしょう。 不正問題で揺れるNHK。あの土曜ドラマのような上質なドラマを国営放送だからできるってことがあると思う。お願い、またあのころのような個性的な土曜ドラマやってくれないかなあ。 # by anoano21 | 2005-03-02 14:19
2005年 02月 28日
![]() もし死ななくなったらどうなるんだろう。 そんなことを深く(やぼったく)考えさせられてしまったのが、意外にも映画「CASSHERN」です。 ちょっと疲れ気味のときは、多少アホくさくても何にも考えないでスカッとするようなアクション映画がいい、と思ってビデオを借りてきたんだけど、見事に予想を覆された。 映画の出来としては、これは失敗作だと思う。 根強いファンを持つ70年代アニメの快作「新造人間キャシャーン」の実写版なのだが、あまりにも登場人物の設定を原作と変えすぎてしまったのが残念。それからシリアスドラマ(あるいは哲学系)仕立てなのか、徹底したB級映画特有のアホくさアクションを売りにした映画なのかハッキリしろ!といいたくなってしまう。 そのツボを押さえた好例が、前者の場合はちょっと古いけど「新世紀エヴァンゲリオン」(テレビドラマのほうがいい)。後者が「キューティーハニー」(監督・庵野秀明)とか「ゼブラーマン」あたりではないかな。 でも、いい面もある。たとえば美術部門。 CGで作られた殺伐としていながら美しい未来都市は見ごたえあり。こうゆう風景は、安らぎとは正反対の表現なのに不思議にも心が洗われる。たとえば「ブレードランナー」なんか何度見ても飽きないし心が落ち着く(?)。 それから、これはわたしだけかもしれないけど、「人が死ななくなる」ことの悲しさを確かに考えさせてくれる映画ではあります。 原作とは正反対のダークな科学者として登場する東博士は、人体のあらゆる機能のスペアパーツを作り出すことができる新造細胞を発明して、これによりあらゆる病気や怪我、さらには死者をも蘇らせることさえできるようになる。 その新造細胞により戦死した自分の息子・鉄也を新造人間(キャシャーン)として蘇らせてしまう。そして東博士はラストで、その鉄也(キャシャーン)の幼なじみで婚約者のルナを鉄也の目の前でピストルで殺してしまい、ひと言。 「すぐに生き返るさ」 このへんのところ、もう少し突っ込んでみたいけど今回の記事は「キャシャーン」の映画批評が目的ではないので、このくらいにしておきますが、ようするにわたしたちは、一日一日とより充実した生を求めて生活していますが、それはまた、一日一日と「死」に近づいている、ということでもあります。 「死ぬために生きている」という極論を持ってくるとちょっと悲しくなってしまいますが、これは誰もが避けられない真実で、だからこそいま現在の「生」が価値あるものとなる。 着実に近づく「死」があるから、いまこのときの「生」を精一杯生きようとする。 現代はとても生きにくい世界のように見えるけど、ちょっと見方を変えれば実に面白くて、また美しい世界にわたしたちが暮らしていることに気づきます。 わたしは相変わらず貧乏で、必ずしも健康とはいえない身体の持ち主ですが、それでも世界は「悲しさ」より「楽しさ」の方が優位にたっていると感じてます。 「死」や「病気」や「老い」と、わたしたちは友達付き合いしていったほうがいい。 コイツラと肩組みながら、楽しく美しい人生を謳歌したい・・・。 小学生のころよく学校の先生からこんなことを言われた。 「日記を付けなさい」 実行してみたけど、もちろん続きませんでした。メンドクサイしそんな時間もったいない。 でも、この日記みたいなブログは、けっこう続いている。なぜだろうと考えてみると、少ないながらもこの変な記事を読んでくれる方々がいるということ。それから、まだ若いと自分では思っているんだけど青少年時代には分からなかった「死」や「老い」というものが多少身近に感じることができる年代になったということも大きいと思います。 それらが身近になるとかえって現在の「生」が実に鮮やかなものに見えてくる。こんなにも「楽しい世の中だったんだ」と感じるようになる。 だからその「生」の世界を少しでも着実に足で踏みしめたくなる。 「日記」をつけるという行為は、それを書くために自分が生活する世界をさらに深く観察することに繋がる。こんなところに小学校の先生が「日記」を勧める理由があったんだろう。 さらにブログだと、それを読んでくれる読者がいるので、日記よりは内容の充実したものを書こうとするから、なおさら世界への観察力が深まります。それは、より「人生を謳歌」できるということなのでは。 だから、といってしまうとあまりにも個人的な見解で人にものを勧めてしまっているみたいになりますが、みなさんもブログをはじめてみませんか? このブログをはじめた目的は、当初は「エスをネットワークで閉じ込めてしまおう」というものだったような気がする。まだ、一ヶ月半くらい前のことなのにずいぶんと昔のことのような気がします。 でも、そういったマイナスイメージは、この際一気に省いてしまいたい。閉じ込めようとすればなおさら殻の中に閉じこもるものです。反対にどんどん外へ流出してもらったほうがいい。 こんなことをいうと「ずいぶんココロがコロコロと変るヤツだな」と思われるかもしれませんが、もう一つの重要な目的はまったく変化していません。 それは、「ネットワークで、みんながシアワセになろう」ということ。 そのネットワーク作りの最良の方法の一つがこのブログです。「でも毎日書くのは大変」と思うかもしれませんが、毎日書く必要はありません。好きなときに書けばいいと思う。また、凝り性の気があるわたしのような長ったらしい文章を書く必要もまったくありません。たくさんの読者を持つブログは、もっと気楽に楽しく短いコメントで書き込んでいるものが多い。 たとえば、ココ。このブログは、ネット徘徊で見つけた面白いサイトをほとんどコメント無しで紹介しているだけ。それでもかなりの読者がいるようなのです。 ようするに自分の趣味とアイデアを活かせばいい。 あ、それから実は「ブログがどんなものなのかイマイチ分からない」というメールもいただいているのですが、そうですよね。わたしも半年前はまったく何のことやらサッパリわかりませんでした。 ブログとは、主に個人が運営して、作成や更新が簡単にできるホームページのことといっていいと思います(そんなこと知ってらーという方も多いっスよね)。くわしくはココ。 それからブログ特有の機能としてトラックバックというのがあります。これは、相手の記事を自分のブログでコメントでき、その記事を書いたことをリンク先のブログにも簡単に分かるようにできるというものです。くわしくはココ。 といってもまだよくわからないって方もいるかもしれません。わたしもこれらの説明を読んでもよくわかりませんでした。でも実際作成してみるのが、いちばんよく分かる方法だと思います。 その上で分からないことがあったら、わたしもまだ初心者の域を脱していない段階なのですが、おさらいにもなるので、メールやコメントで聞いていただいてもかまいません。 そして、もしブログを作成したら、わたしのブログへコメントやトラックバックでお知らせいただけるとうれしいです。エス関連のブログは作りたくないという人もご安心ください。わたしのこのブログもエス色は次第に省いていって、より多くの人々が楽しめるようなものにしていきたいと考えていますから。 そして、ある程度のネットワークができると、そこからまたまた面白いことがいろいろできそうなのです。どんなことができるのかをみんなで考えるのも、これまた一興あり、ですよ! # by anoano21 | 2005-02-28 17:15
2005年 02月 26日
![]() トラックバックしています。 そうなんですね。 結構楽しい体験でもあるんです。 エス関連で被害を受けたという人にとってはケシカラン考えだと感じるかもしれないけど、ここは思い切ってプラス方向へ転換してしまいましょう。 「浄化作用」なんて思い出したくないコトバかもしれませんが、この考え方って社会生活していくとけっこう誰でも感じることがあるものです。 岡田氏は一面「人生の達人」的なところがあり、人一倍の苦労はしているようなので、そんな社会生活の苦労から、この考え方が出てきたんでしょう。 わたしでも、仕事で有頂天になったかと思えば、奈落の底へ突き落とされるような思いになったことなど何回もあります。でも、まさしく「苦あれば楽あり」。これは「浄化作用」なんてコトバをつかわなくっても誰でも体験できる真理です。 だから、エスで苦労した分、これから「素敵」な人生が待っていると大いに考えてOKだと思います。 わたしは、このブログを始めてよくわかったのは、「洗脳」なんてコトバいまいちピンとこないということ。自分の洗脳がいまだに残っているんだろうか?そんなふうには感じていない。いや、多少、洗脳があってもそれは社会生活にそれほど支障があるものとも思えないし、それはそれで個性的な「世界の見方」ができて面白いんじゃないだろうか。 それから、「はなれエス」というレッテルを自ら貼っているけど、これは「登録商標」として堂々と社会へ公表してしまいたいぐらいです。隠れてコソコソ過去の体験から逃れることはない。 ようするに、もう気にすることではないのです。 さあ、これから面白い人生が待っているんだから、みんなでいろんなことを考えましょう。 まず、お勧めなのは、このブログをはじめてみてはいかがなものでしょうか。 わたしはブログの書き込みを始めてからのここ一ヶ月半くらいは非常に長く感じています。と、いうことは「充実している」ということなのかも。 なんでもない日記みたいなものでもいいと思います。まず、ブログの感触というものを味わっておいて、そこからいろんな自分のメッセージを社会へ発信できるようになるはずです。 それは、いずれビジネスにつなげることだって可能です。 ブログの利点は「簡単」にホームページが出来るということと、「トラックバック」という機能の有効性です。 「簡単」なだけ?と思うかもしれませんが、実際ホームページを作るのは慣れている人でもめんどくさくて大変です。わたしは、職場のホームページを3年ほど前に作成し、趣味を兼ねた副業のホームページをいま現在作成中ですが、ブログに慣れてくるといかに作成がメンドクサイかが、よーく、わかります。 「トラックバック」って?と思うかもしれませんが、これは誰かのブログを見てそれに関連するコメントを自分のブログで書き込むことが出来るというもの。それだけ聞くとなんでもないように思うかもしれませんが、けっこうこれがスゴイ。いまpunyoonさんの記事からトラックバックしていますが、これが次々に繋がっていくとまさしく一大ネットワークが出来上がってしまうのです。 新潟の地震の際、ある青年がブログでボランティアを募集して、この記事にどんどんトラックバックしてくださいと書き込んだら、とんでもなく大勢のブログへ広がっていったということをニュース番組でも伝えていました。 たとえば、外国に住んでいる方だったら、それだけでいろんな人に興味を持ってもらえる素材があって非常にラッキーです。「○○○国通信」なんてやったら人気でますよ。きっと。 そして、たとえば、わたしのブログで「最新映画情報」を記事にしたとして、それが、外国ではこんな評価を得ているなんて記事のトラックバックをしてもらえたら、スゴイじゃないですか。へたな映画情報誌なんかよりもっとタメニなる。 そういうネットワークを作っておいて、たとえば映画配給会社へ「わたしたちは、こんなネットワークを持っていますよ。よかったらあなたのところで公開予定の映画を宣伝してあげましょう」ということになれば、喜んで飛びついてくると思う。 たとえばの話ですよ。 みんなそれぞれの得意分野を生かしていろんなことが出来ると思う。 そこへ現役エスが入ってきても全然OK。この前の記事で、現役エスと飲んできた話をしましたが、彼らも社会生活に支障があるほどの洗脳はないと思いました。むしろ、どんどん社会進出していくことによって洗脳が解けていって、そのときにエスの不正を正すように勧告すれば、それこそ有効なことだと思います。 いずれにしても、これからが楽しみなわたしです。←単純バカ # by anoano21 | 2005-02-26 17:49
2005年 02月 25日
![]() やっぱりこれは反射神経なんだと思う。ようするに身体で覚えろ!ですね。 と、いってもわたしの勉強法のほとんどは、車の中でひたすら英会話テープを執拗に聞くことと、毎日11時あたりからやっているNHKの英語講座だけだから、進歩しないのも当たり前かあ...。 その中でも特にお勧めの番組は、毎週月曜日の夜11時15分からやっている「英語でしゃべらナイト」。これが以外に面白くてタメニなる。 メインパーソナリティとして登場するのは、釈由美子とパトリック・ハーラン、そして、この二人に押されて影が薄いけどいい味出してる松本和也アナウンサー。番組スタート時からずっと見ているわたしですが、以外にも、釈 由美子の英語上達力にはビックリ。番組開始当時よりかなり進歩している。 それからなんといっても出てくるゲストたちがスゴイ。前回の放送でのゲストは、空手家の角田信明。彼は、ブルース・リーにあこがれ、出演する映画のセリフをすべて丸覚えしてしまったという。そのおかげで、いまでは英語ペラペラで「K1」での外国人選手へのルール紹介などはお手の物のようだ。 また、各界で活躍するセレブたちに、日本人芸能人たちが英語でインタビューするコーナーも見もの。先々週だったかに登場したのは、映画監督のオリバー・ストーンで、英語インタビューに挑戦したのはたしか山本太郎だったと思う。 その中で、オリバー・ストーンが語っていた言葉にズキンとしました。 “To love being your best.” 「ベストを尽くす自分を愛そう。」 ささやかなナルシストを自称するわたしには、その傾向を助長させてしまうかもしれない言葉だけど、なかなかタメニなる、いいコトバです。 みんなも英語の勉強をして「国際人」になろう!←何様のつもりやオマエは。 # by anoano21 | 2005-02-25 15:59
2005年 02月 23日
先日、彫刻家K氏のご自宅に伺いました。K氏は彫刻界の重鎮的存在の一人で、かなりのお歳でありながら、現在も精力的に作品を創り続けている方です。 最近、アトリエ件自宅を改築され、寝室とキッチンと食卓、そしてアトリエ以外は何もないというスッキリとしたお宅に、奥様と二人で穏やかな日々を過ごしていらっしゃるようでした。 わたしも年を重ねたら、こんな風にいろんなものを削ぎ落として、スマートな生活を送ることができたらと思う。でも、まだ、削ぎ落とすものもそんなにないので、もっともっといろいろな体験をしていくべきなのでしょうね、今は。 おりしもその日は、奥様のお誕生日ということで、とつぜん話がケネディ大統領の誕生日にマリリン・モンローが歌った“ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー”のことになった。 「歌を特別に勉強したわけでもないのに、どうしてあんなに心を打つ唄が歌えるんだろう。あれこそ芸術だ!」 年配の方とは思えないほど大きな声で話されるので、なおさら説得力がある。 この時の映像は、わたしもテレビで見たことがあります。歌唱力があるないの問題ではない。あの存在感はどこから来るのだろう。 そういえば、K氏の作品もこのモンローの歌に似ているところがある。 ことさら「芸術作品を創るんだ!」と気負うこともなく、思うがままに自由な作品を生み出しているだけという感じなのに、その存在感は凄い。 それは「美しいもの」とか「醜いもの」とかの範疇を超えている。 ちょっと話が変りますが、数年前に、日本でよりも海外での評価が高いある日本人演出家のワークショップを見学したときのことを思い出しました。 そのとき彼は、こんなことを語っていました。 「私は、峰の上を歩いているみたいなものだ。右側が“善”あるいは“美”、左側が“悪”あるいは“醜”。そのどちら側にも落ちないように細い峰を歩いている。」 このどちらかに傾くとどんなに陳腐な作品が生まれてくるか、わたしもまがいなりにも美術関係と言っていい仕事をしているので、そのことはよく分かっているつもりだ。 たとえば「社会主義リアリズム」。芸術は社会主義という真理のために奉仕する作品でなくてはならないとして、ことさら美しい田園風景や、汗を掻きながら生き生きとして働く労働者の姿を執拗に描いた。それはまさしく陳腐なものになってしまった。 それとは思想的には反対ともいえる、ナチスのヒットラーは、退廃芸術をこの世から抹消しろ!として、病的な絵画や抽象的絵画などを焼き払ってしまった。変りにこれこそ本当の絵画だ!として取り上げたのが、やはり田園風景やたくましいアーリア人の姿、勤労者が健全に労働する姿など。それらのなんと「いやらしい」ことか。 モンローの歌っている姿は、美しくもなく、醜くもない、ましてや「善」でも「悪」でもない。 あるのは“ハート”だけだ。 それは“純粋さ”とも言っていいものだと思う。 # by anoano21 | 2005-02-23 15:26
2005年 02月 21日
ビデオで「デッドマン・ウォーキング」を観ました。ビデオ店で、箱カバーにかかれたタイトルを見たとき、「死者が歩く」という題から、オカルト映画かな?と最初思ってしまいましたが、解説を読むと、死刑廃止を訴える主人公のカトリックのシスターと死刑囚の物語だということがわかりました。 そして、この「デッドマン・ウォーキング」という題は、殺された被害者が、残された人々の心の中を「歩きまわる」、まさしく前回のわたしの記事に関連した映画かな?ということで、さっそく借りてしまったのです。 でも、これも間違ってました。 映画の中で、死刑囚(ショーン・ペン)が死刑台へと向かおうとするとき、看守が叫ぶ言葉- “Dead Man Working!” 「死刑囚が行くぞ!」という言葉から取ったものだったのですね。 そしてその言葉のあとにカメラは、死刑台へと向かう死刑囚が手錠と足かせを引きずりながら歩く姿を映し出す。そのとき鑑賞者の誰もが、ハッ!とします。 これは、キリストが十字架刑へと向かう姿と一緒だ! この映画は、主人公であるシスター自身の体験をもとにして書かれたものが原作らしい。 スラム街で子どもたちの世話をしているシスター(スーザン・サランドン)は、ある日、このショーン・ペン演じる死刑囚から、面会して上訴の手続きを手伝ってくれとの依頼の手紙を受け取る。 彼は仲間と二人で若いカップルを森に連れ込みレイプした上にショットガンで撃ち殺したとして死刑判決を受けている。やがて、このモンスターのような人間に肩入れ?していくシスターを、被害者の家族や周囲の人々の多くは、批難して軽蔑するようになる・・・。 死刑囚を演じるショーン・ペンが抜群にイイ。 小難しい倫理や思想、ましてや宗教などには、まったく思考回路を持たない男のシグサや表情もうまい。そしてラストに彼流の解釈ではあるけど、「改心する」ときの演技もまったくわざとらしくなく、鑑賞者も自然に感情移入できると思う。 主演のスーザン・サランドンは、この演技でアカデミー主演女優賞を受賞したようですが、ペンのほうが、はるかに光っていたように思う。サランドンの演技は、ちょっと純粋な女性を作っていると感じてしまうところがあり、もう少し若い役者があの演技をしたら申し分ないと思うのですが、結構年齢がいっている賢い女性というイメージが強いサランドンだと、もうちょっと達観している雰囲気があってもいいように感じました。 この映画は「なぜ人を殺してはいけないのか?」ということを考えたい人には必見の映画だと思います。 ただ、シスターが言う「人が人を殺してはならないのは、神様がそれをお許しにならないから。」という考え方には、無宗教の日本人、とくに無信仰者になってしまったわたしのような人間には、いまひとつピンとこない。 でも、この「なぜ殺しては・・・」という疑問に答えるのは、宗教を持ち出さずに説明するのは、簡単そうで実に難しいことです。それは、とても陳腐な答えになってしまう。 数年前に放映された「News23」の「夏休み特集」に出演していた高校生が、「なぜ人を殺してはいけないのか分からない」という疑問に対して、大人たちのほとんどが、まともにその質問に答えることが出来なかったという印象を視聴者に与えたこの番組を、記憶している方も多いと思います。 その番組にも出演していた柳美里が、その質問に答えるかのように「ゴールド・ラッシュ」という小説を書いたということも記憶に新しい。 「神や宗教は人間が作ったもの」と考えるのは、合理主義的思考が必要な現代人には、簡単に発想できることだと思います。でも、昨今の思想界では、近代的合理主義が、危うくなってきたと考える風潮が強いのも事実です。 この辺のところは、思想・哲学に明るいpunyoonさんのほうが詳しいのかもしれませんが、たとえば、すでに過去の思想のようになってしまった感のあるレヴィ・ストロースの「構造主義」でも、「近親相姦タブー」を例に取り、因習や風習に縛られて暮らしている未開人が、現代の合理主義的思考がようやく到達しようとしている考え方をすでに実践していたと論じられていたように記憶してします。 いずれにしても、良きにつけ悪しきにつけ、「宗教のようなもの」に関わってしまったわたしたちには、観る価値のある一本だと思います。 あ、そういえば、この映画の中で、シスターのサランドンが、家族から「なぜ、そんなモンスターみたいな人間の面倒を見るの?」という質問を受けて、 「わからない。捕まってしまったって感じ。」 と答えていたけど、このブログをほぼ毎日(最近二日に一度になってるけど)書いているわたしも、ほんと「捕まっちゃった」て感じがする。 このままでは、わたしは、エスをめぐる事柄に一生こだわってしまうかもしれない。 先日の記事に登場してもらった「半分弁護士」さんの「そんなことに関わるより金稼げ」という言葉はまさしく健全で、わたしも半分納得している。 でも、半分は、多いにこだわっていいのではないか、と考えています。 これは、単なるカルト×反カルトという単純な図式ではなく、人間の心が持つ回答困難な問題をかかえているといまは感じています。その複雑で大切な問題に、わたしたちは、関わってしまった。 でも、そのことによって、いろんなことを考え、心の幅を広げ、人間として大きく成長するには格好の素材を体験している。考えようによっては、わたしたちは、非常にラッキーな存在なのではないでしょうか。 だいたいそんなに簡単に騙されてしまうようなヤワな、わたしたちでしょうか? エスがただのカルト宗教だと簡単にかたずけられる存在でしょうか? そんな、ちゃっちいカルト宗教にひっかっかるようなアホな存在でしょうか、わたしたちは? このこだわりをマイナス方面でなく、プラス方向に替えていくことは、多いにできるといまは、実感しています。 わたしは、いずれこのブログも、いままでの「はなれエス全員がシアワセになろう」という目標はそのままにしながら、さらに一般社会の人々にもメッセージを送っていけるようなものにしたいと考えています。 なんて、言うとまた始まったか「誇大妄想」が、と思われてしまうかもしれません。たしかに大したことはできません。でも、小さなメッセージなら送ることは誰でもできます。 わたしは、その手始めとして、ちょっとクダラナイ発想かもしれませんが、ネット古書店を作ろうとしています。ただの古書店ではなく、古書を通して、わたしなりのメッセージを発信していこうなんて考えています。 よかったらコチラを覗いてみてください。徐々にホームページが出来上がっていくところが確認できます。ご期待(?)ください。 いちおう3月15日開店をめざしています。 # by anoano21 | 2005-02-21 22:22
2005年 02月 19日
わたしの職場は女社長だ。数人しかいないが、社員もそのせいか女性のほうが強い。というか男は、わたし一人しかいない。以前はもう一人いた。社長のご主人だ。そのためご主人(ここではmadoさんとします)とわたしは、かなり年がはなれていたが、恐ろしい女性たちから逃れ、よく二人で外出した。 社長はよく仕事で海外へ行く。そうすると天国がやってくる。わたしとmadoさんは、なんの気兼ねもなく出かけることができた。といってもmadoさんは身体が悪く、あまり遠出はできなかったが、それでも葉山の海を見に行ったり、砧緑地の桜を観にいったりした。 社長が海外から帰ってくる日が近づくと、二人は次第に憂鬱になる。 「なぜ自分の奥さんが帰ってくることに、こんなに緊張しなければならんのだ。」 まったく同感。でも、どうあがいても恐怖の日は必ずやってくる。 そのmadoさんは、数年前に他界してしまった。 そのとき初めて「死を見取る」という体験をした。わたしが意識のないmadoさんの手を握っている最中に、担当の医師が、彼がいま亡くなったことを告げた。 madoさんは、わたしによくこんなことを言っていた。 「ある平日の午後、庭木から枯葉が落ちる。そんな、なんでもないことのように死にたい。」 そのとおりに逝ってしまった。 無宗教だったmadoさんの生前からの希望で、葬儀は行なわず、ごく一部の人々だけで「お別れの会」を催すことにした。それでもmadoさんのお父上は有名な演劇人だったこともあり、またmadoさんもその筋では知られた人だったので、新聞各紙が訃報欄で報じ、その会にはたくさんの方々が来られた。 社長は、いつものことながら気丈に弔問に来られた方々に応じ、涙一つみせる気配すらなかった。もうすこし悲しい感情を見せてもいいのではないか、この人は人間の心を持っているんだろうか、とわたしは考えてしまったが、「お別れの会」が終わると、彼女はふと、こんなことをつぶやいた。 「死んだ人は、絶対だと思う。」 そのときわたしには、この意味がまったくわからなかった。いまでもよくわからない。でも、その後の彼女の行動を見ているうちに、この意味がなんとなくわかってきたように思う。 madoさんと同じように無宗教で、神仏に手を合わせることなど絶対にしない社長が、仏壇こそ祀らないものの、文机にmadoさんの小さな写真を飾り、毎日、香をたき、お供えした花は一日たりとも枯らせたことがない。海外へ行くときには「花に水をやり、ときどき花を替えて」と必ずわたしに言付ける。 Madoさんの写真が飾られた文机を拭きながらわたしはいつも思う。 「必ずしも納得のいく人生ではなかったかもしれないけど、幸せな方だなあ」 わたしには、もうひとつ忘れることができない「死の風景」がある。 6年以上前のことだったと思う。ある人から、エス信者のKさんが亡くなり、○○区にある葬儀場で神慈秀明会式による葬儀が行なわれる、ということを聞いた。 Kさんは、ものすごい美人で、男どもの憧れ的な存在だったが、とつぜん思わぬ人(やさしいいい人)と結婚してしまい、涙をこらえながら(?)お祝いしたことを思い出す。そのKさんが結婚してまもなく身体を悪くし、ご主人の看病もむなしく亡くなってしまったとのことだった。 わたしは、そのころはエスとはまったく縁を切り、また「邪教」だとも思っていたときだったので、神慈秀明会式というのにかなり抵抗があったが、彼女とのお別れだけはしたかったので、式が始まる直前に会場にかけつけ最後部に参列することにした。 でも、まったくエス信者と顔を合わせないということはできなかったので、わたしに注がれる「めずらしい人が来てる」という視線の苦痛に耐えながらの参列となった。 もう二度と揚げることもないだろうと思っていた「天津祝詞」の奏上がはじまると、わたしはその一団とは異質の存在になっている自分を感じていた。 なんのために祝詞を揚げているのだろう。なぜこんなところへ来てしまったのだろう。何の感動もなく、それでいて怒りはもっとなかった。わたしは“ただ舞っている”踊り子のようだった。いや、舞っているのは、わたしではなく死者だったのだ。 彼女のことを思い出しているいま、社長の言った「死んだ人は、絶対だと思う」という言葉がまた頭の中を廻る。 死んだら、霊界へ行くんだろうか? 閻魔さまに裁かれるんだろうか? 天国へいけるかな? やっぱり地獄だろうか? わたしは、死者はもっと身近なところに逝くのだと思う。 いや、逝くというより来るのだ。 生きている者が、「死」と対面するたびに、 死者は「やさしさ」に付け込み、わたしたちの中に入り込む。 そして、ときに、わたしたちの行動を支配する。 だから「やさしさ」は、大きな失敗を生む。 でも、それは「不幸」なのではない。 それどころか、この世界がこわれないでいられるのも 「やさしさ」のおかげなんだと思う。 そして、わたしたちも、やがて死を迎え、 それでも「やさしさ」の中でなら、生きつづけていくことができる。 誰もが、「やさしさ」を持つ権利がある。 だから、「やさしさ」だけは、こわさないでほしい。 # by anoano21 | 2005-02-19 18:55
2005年 02月 17日
わたしの友人の「半分弁護士」に電話しました。ことの成り行きを話すと、 「オマエ、またそんなことやってんのか。いいかげんにせいや。アホちゃうか!」 「アホちゃいまんねん、バカでんねん。」 「ほんま、バカや。そんなことやってんと、金稼げや。そんなことだから結婚もでけへんのやで!」 「ほっといてくれ」 「ほっといてくれもなんもない。金稼がんでどうすんのや。そんなことやりたいヤツにやらしときや。」 と思ったとおりの回答が来て、小一時間近くビジネスの話を聞かされてしまった。 ようするに、彼の話を要約すると、前回の記事で書いたことに間違いはないが、弁護士にもよるとのこと。また、秀明会全体を潰してしまうというのは難しくても、徹底的に裁判で闘う意志があれば、何らかの罪に問うことも出来る。 「やりたいヤツは多いにやったらいい。アンチ秀明のサイトが盛り上がってるんやったらありがたいやないか。なんでオマエが水をさす必要があるんや」 「水をさしてるつもりはないんだが...。」 「そんなことしてる時間があったら金稼げや!」 どうしても彼の話は、そっちへ行ってしまうようだ。でも、そうくると、こう切り返してしまうのが、わたしの弱点なのだ。 「よーし。じゃ、どっちが金持ちになるか競争しようぜ!」 「おう、まず600万稼いだら電話してこいや。」 なんで、600万という金額が出てくるのかよくわからないのですが、まったくへんな(ある意味まともな)方向へ話しが行ってしまいました。 これでは、どうまとめていいかわからない。いや、無理やりまとめる必要もないでしょう。わざとドラマチックにする必要もないんだし。 とにかく、この連続シリーズ「神慈秀明会は司法で裁くことができるか?」は、とりあえず今回の記事で終わらせていただきます。 そうだ。 彼の言っていることにも一理ある。 せっかくこのブログを始めたんだから、これからは、もっと人生のプラスになるような情報交換も行なっていきたいと思います。 たとえば、読んだ本で感動したひと言。映画の感想。いろんな出会い。ビジネスなんかの情報もいいし、恋の話なんてのも・・・なんでもありです。 さあ、最近疲れてるけど元気を出そう! せっかくの「はなれエス」(そこへ現役エスが入ってきても、もちろんOK)のつながりです。これからは、みんなで人生や社会生活にどんどんプラスになるような方向も考えていきましょう。 # by anoano21 | 2005-02-17 23:00
2005年 02月 16日
前回の記事から続いています。Punyoonさんの記事〈「余白=組み換え可能性」の大切さ〉の中で、「リアル」ということに触れていますが、それと関連してネット界でどこまで「リアル」が表現できるか、まず考えてみたいと思います。 わたしも、いつのまにかネット社会の恩恵を受けずに暮らすことができない人間になってしまいましたが、たまに現実との乖離状態に陥りそうになることがあります。いや、正確には、このネット社会が現実だと錯覚してしまっている自分が、じつは現実とは違う世界なんだと気づいた時におきる乖離状態と言ったほうがいいかもしれません。 現実とネット界のどちらが現実なのかわからなくなってしまう映画といえば、誰もが知っている「マトリックス」ですが、日本人の場合、中でも現代の青少年たちが抱いている感覚は、また、ちょっと違うように感じます。 この感覚を表現するのに適当なコトバはないかなあ、と思っていたら、先日観た映画「リリイ・シュシュのすべて」(監督・岩井俊二)の中で、“エーテル”というコトバがでていて、これだと思いました。 エーテルとは、広辞苑によるとホイヘンスが光の伝播(または電磁場)を媒介する媒質として仮定した物質で、アインシュタインの相対性理論によってその存在を否定されてしまったものだそうです。 しかし、この映画では、14歳くらいの少年少女が主人公で、イジメや援助交際などの痛みを 映像詩ともいえる美しい映像=“光”の中へ昇華してしまったような作品で、その光を映画全体に伝播していたのが、“エーテル”のような気がしています。 映画の中で、頻繁にキーボードで打ち出される「チャット」あるいは「掲示板」と思われる文字が画面中央に現れ、それは映像全体を薄い膜のようなもので覆うもう一つの世界“エーテル”を行き交う。 それは、彼らの中では、現実ではないとはわかっていながら、そこかしこに確実に感じることができる世界なのだと思う。 主人公の雄一をいつも支配してイジメている星野。しかし、雄一が主催する「リリイ・シュシュ・ファンサイト」の掲示板では、反対に、星野(ニックネーム「青猫」)は、雄一(ニックネーム「フィリア」)を尊敬していていくようになる。 やがて「青猫」が星野であることを知った雄一は、その支配関係に終止符を打つべく、恐ろしい行動に出る...。 いつものことながら、また脱線していますが、いずれにしてもネットでの情報は、かなり現実から離れていることが多い。 実際の人物に会って初めてわかる表情や態度・仕種、におい、またはそれを取り巻く雰囲気、それらから醸し出されるその人の感情や心などは、どんなに表現力がある人でも、完全には表現することはできない。 ましてや、出会い系サイトなどでは、バイトの男性が、女性を偽って打っているメールに恋をしてしまうなんていうことは、頻繁に起こっています。 とても便利で、もちろんそこには美しい出会いもあるネット界ではありますが、こういったマイナス面もあるということを充分理解したうえで、利用しないと思わぬ落とし穴に入り込む感じがしています。 もちろん、わたしは「アンチ・エス」側の人間です。でも、その人の人格まで否定してしまうような非難は、実際にその人に会って感じた上で、できれば本人が目の前にいると仮定した状態で、おこなったほうがいいように最近思っています。あくまでもこれは、わたしの感じていることですので、どうぞみなさんお手柔らかに。 そのこととも関連して、前回と今回の記事の題として「神慈秀明会は司法で裁くことができるか?」としていますが、ようやくそこに触れてみたいと思います。これは、こちらの手の内をエス側に明かしてしまうようなものなので、もうちょっとたってから記事にしようと思っていたのですが、わたしの心の変化から、ここで紹介することにしました。 “エーテル”の世界ではなく、もっとも現実的にエスが宗教の仮面を被った悪の団体かを、明らかにする方法は、法の裁きにかけることです。 ただ、わたしは、法律の知識はもちろんシロウトなので、自分自身が体験したことでお話することしか、今回はできません。そこで、この同じ題で、もう一回記事を書きますので、そこでは、今日わたしが書いた記事をどう思うか、友人の半分弁護士に聞いて見ますので、もう少し専門的にそこで語ってもらうようにしてみます。 二年ほど前、わたしは、自分の持っているかぎりの資料をまとめて、2・5人(一人は、その友人で司法試験には受かっているが弁護士になるのをやめてしまった人なのでその分を0・5としました)の弁護士に相談に行ったことがあります。 エスは、かの「法の華三方行」とよく似た方法で、布教喧伝活動を行なっていました。ご存知のように法の華は、違法行為が公のものとなり壊滅してしまいました。この壊滅した偽証宗教団体と同じようなことをしていたのだから、秀明の行なったこともその団体の違法行為の一つ一つと結びつけ、証明していけば、違法性がハッキリ浮かび上がると考えられます。 しかし、2名+わたしの友人は、口をそろえて 「とても難しい」 ということだったのです。 実は、「法の華」とは、決定的に違うところがあったのです。 それは、「その行為がどのような心で行なわれていたか」というところです。 ちょっと手元にその資料がなく、ネットで調べる時間もないので、記憶に頼ってしまうのですが、たしか、「法の華」では、内部告発によって、信者を騙すマニュアルが証拠として提示され、それが壊滅へと導く大きな物証になったと思う。 ところが、エスの場合は、「それを証明する証拠はない」ということだったのです。 「いやそんなことはない。偽証ダイヤや最後の審判などの恐怖心で金を騙し取ったり、偽物のご神体で信者を騙しているじゃないか。それがなによりの証拠だ!」 とは誰もが感じていることかもしれません。 しかし、これは、証拠にならないのだそうです。このようなことは、既成宗教でも行なわれていることで、これを認めてしまうと、たとえば、キリスト教の「処女降誕」や「復活昇天」なども非学的教義で信者をたぶらかしている。ということになってしまう。 ダイヤにしても、一部の信者が騙してばら撒いていたという証拠がないかぎり罪にはならない。その人がそう信じている心まで、法の裁きで引き剥がすことはできない。ということです。 わたしも、精通とまではいかにまでも、内部事情をある程度知ることができる人間だったのですが、「そのような行いをせよ!」という指導はありませんでした。むしろこれは、たまたま落っこちていたイミテーション・ダイヤをご守護だと思ってしまっているのだと思います。 それでも、現実に被害に会っている人々がいるのだから、それに対して罪を問えないのか!とわたしは、もちろん食いつきました。 「たしかに違法性は感じる。しかし、たいへんに難しく、相当の覚悟がない限り勝てない。そこまでできますか?」 わたしには、それだけの気力がありませんでした。 というより、「エス」がそこまでして闘う価値のある相手だろうか? ようするに、ほんとうに「信者を騙そうという心」で、会主・会長が反社会的とも思える布教喧伝活動を行なっていた闘う価値のある大悪党なのだろうか? わたしには、そう断言することはできません。 その証拠となるものも今のところ何もありません。 むしろ、会主・会長もどちらかというと純粋で、思い込みが激しい人間で、それが高じて信者に被害が出てしまった。と考えるほうが妥当だとわたしには思えます。 ことわっておきますが、わたしはいまでも「はなれエス」で、もちろん「アンチ・エス」の立場です。 「はなれエス」に出会ったときの懐かしさや親しさは、「戦友」のそれと似ていると思う。でも、それと同じような懐かしさを、前回の記事で書いた「現役エス」数十名にも感じてしまいました。彼らは決して「心」を失ってはいません。 あのときは自己放棄でたしかに職についていず、閉鎖的な社会にいたけど、いまではそれぞれ仕事につき、わたしと同じようにいろんなことに悩み、歓び、恋をし、生活を楽しんでいる。もちろん秀明のおかしな所を変えていこうという意欲がある人もいました。 そいつらが信じている宗教が「悪の宗教だ!」と“頭ごなし”に言うことには、少し抵抗がある。 こんなことを言うわたしは、「エス」からも「はなれエス」からも煙たがれ、まったく孤立してしまうでしょう。でも、もっともエスを非難してきた人間だからこそ、提示しなければならない、これは「第三の道」だと思う。 わたしは、大切にしなければならない人間の「心」に踏みこむには、「エス」であれ、「はなれエス」であれ、その言動には充分気をつけなければならないと思っています。これはみなさんに言っているのではなく、自分に対して言っているのかもしれません。 もちろんエスにいることで悩んでいたり、困っている人がいるならば、励ましたり、助言したりすることは、いままでと同じようにさせていただきたい。 また、エスが非常識な行動に出て行かないように監視する機関としてのグループの存在は絶対必要です。わたしのブログもその役目は担っていきたいと思っています。 さらに、わたしは、もし「エス」がほんとうに変りたいと思っているなら、また、そのように努力している信者がいるなら、彼らにも協力したいと考えています。 といってもわたしの力では、たいしたこともできないのは自分がよく知っていますが、いま感じていることを書き込ませていただきました。夜が更けてくると、ますますまとまりのない文章になってくるようです。どうぞ、お手柔らかに。 # by anoano21 | 2005-02-16 00:02
2005年 02月 14日
と、いきなり過激な題で、今日の記事をはじめてしまいましたが、わたしがいま感じていることを素直にお話したいと思います。このブログをはじめて、一ヶ月が経過しました。 「あっというまに一ヶ月」となると思いきや、いやー、実にながーい一ヶ月でした。 何事でも、続けるということは大変なことだと感じました。それがたとえ、わたしのボヤキのような記事だとしても。ただ、自分で言うのもなんですが、心を込めて書いてきたつもりです。 それでも、たくさんの方々のコメントや、懐かしい方々との出会いもあり、どんなことでも行動して、ある程度続けてみることは、とても貴重な体験ができるものだと実感しました。 記事を読んでくださった、みなさん、ほんとにありがとうございました。 そして、なによりこのブログを書いていて一番驚いていてしまったのは、「自分自身の心」です。 このブログは、最初「はなれエス全員が幸せになろう!それこそ最大のリベンジだ!」ということでスタートしました。もちろん今でもその志を曲げるつもりはありませんが、当初は、記事を書いていく原動力が、「エスに対する怒り」だと思っていたのです。 ところが途中で、わたしは「エスにまったく怒りを感じていない」ということがわかってきたのです。なんという軟弱な情けないヤツだ!とみなさんにお叱りを受けてしまうかもしれません。でも、決して「アンチ・エス」の足元をすくうつもりでこんなことを言うのではありません。 エスをはなれたのが自分の心を偽ってまで続けることができなかったのと同じように、このブログでも正直な気持を表現していきたいと思っているのです。 では怒りでないのなら、何がここまで毎日仕事を終えて帰宅するとパソコンに向かい、一銭の得にもならないことに執心させてしまったのか。 それは、「〈エスをはなれた〉一人一人が、こんなにも心豊かな物語をつむぎだしているんだ」ということを、わたし自身を含めたみなさんに、呼びかけたかったのです。 「それって、ちょっとナルシストなんじゃない?」 と、言われれば、素直に認めざるをえないところも正直あります。 でも、「はなれエス」のほとんどが「心を大切にしたい」から、エスをはなれたと思います。そして社会生活を営んでいく努力をちょっと振り返ってみると、とても彩色に富んだ人生が始まっていることにも気づくはずです。まだまだスタートしたばかりだから、振り返っているときではないのかもしれません。わたしもこれからも一生懸命に生きて行きたい。 さらに、わたしたちがエスに入信したときを思い出してください。 そんなの思い出したくもない。という人や、家族入信で、もの心ついたらすでに「信者」だったという人もいるかもしれません。でも、こんな打算的な世の中で、「利他愛」の教えに少なくとも共感し、心(霊)が大切(主)だとい考えに少なからず感銘したりする人々はいったいどんな人間なのでしょう。 私はいまでは、岡田氏の教えが神の教えだとは決して思っていない人間ですが、ただ、そんな教えに共感を覚える人々は、もともと、とても豊かな心を持っていたんだ、ということも思い出してもいいのではないでしょうか。 もちろん、こんな考え方に反感を覚える方々もたくさんいることでしょう。これは、わたしの感じていることですので、この考え方を、わたしのブログ以外のところまで飛び出して行って、訴えるということはしないつもりです。 では、あんなに抱えていた怒りは、どこへ行ってしまったのでしょう。 わたしはかつて(2年近く前になるんでしょうか)、めいっぱい怒ってました。 たとえば、被害ネットワークのこの記事。またはこの記事。あるいは、この記事。 これらばかりではありません。あのサイトへの投稿のおそらく三分の一近くは、わたしの投稿です。 この心の変化はいったい何なのでしょうか。 わたしは、半年ほど前、不思議な集いに参加しました。 というと、なんかあやしい雰囲気がありますが、4人で飲みに行っただけです。 ただ、そのメンバーというのが面白い。 一人は、エスで青年部を統括していた存在で、さらに資格者となったにもかかわらず、エスに疑問を持ち出すと、資格者と専従者をやめてしまいました。その後、努力してベンチャー企業を立ち上げ頑張っています。でも、家族入信だったということもあり、いまでも月一回の参拝は欠かせていないようでした。 もう一人は、やはり関西地区の青年部のリーダー(だったと思う)で、新体制後は、エスの助教師(だったかな?)を続けながら、父親の会社を引き継いで社長となっている人。 そしてもう一人は、T支部の元大学生部のリーダーで、その頭脳明晰性から、いずれはエスの青年部を引っ張っていく逸材と支部長は考えていたようですが、本人は突然、米国の某大学に留学してしまいました。そしてSSA(Shinji Shumeikai of Amerika)の他宗教との交流を大切にする考え方に影響を受けたこともあったのか、よりによって「世界救世教」に出入りするようになり、いまでは「救世教」の信者です。職場でも重要な仕事を任されているようで、先日も仕事でアメリカへ行ってきた、なんて言ってました。 そしてわたし。ご存知のように無信仰者で、これといって取得のない存在。 しかも集まった場所は、元エス信者が店長の居酒屋。 「エス信者」、「半信者」、「悪の枢軸(失礼)」、「無信仰者」が集って何を話したかというと、「宗教論争」―ではなく、エスで行なってきたことの反省はもちろんのこと、人生のこと、ビジネスのこと...。私自身とても勉強になり、また、奇妙な気持にもなってきました。 「一般社会の人々とどこが違うんだろう?」 魑魅魍魎が跋扈するうちの職場の人間(あーこれが職場の人にわかったらどうしよう)とくらべると、彼らは(わたしを除いて)とてもスガスガしい常識人としか見えませんでした。 また、昨日(正確には一昨日)こんなことがありました。 このブログを開設してすぐにメールをくださった方がいて、メール交換をしているうちに、わたしの職場へ遊びにきてくれました。(ちなみにわたしの職場は遊びにくることができるところです。よかったらいらしてください) そして、その方のツテで、秀明信者十数名の飲み会に参加してしまったのです。 あーゴメンこれって、ひょっとして内緒にしておかなければならなかったんかな? とにかくわたしは、自分でもおかしかったんだけど、現役エスにどんな顔をして登場したらいいのか緊張してしまいました。以前だったら、機関銃のように立て続けにエスの誤りを、訴え続けていたかもしれません。 でも、6年以上も会っていないと、「元々信者さん」の投稿じゃないけど、彼らもずいぶんと変わっていて、まったくふざけた野郎たちで、わたしもついつい「神慈秀明会をぶっ潰せー!」なんて、わめいてしまいましたが、わたし以上に強烈なヤツもいてマイってしまいました。 「真理は酒とともにある」 とはよく言ったものだ。 すみません。ちょっと軌道修正の必要を感じてきました。 とにかく、このネットの世界は、非常に便利で情報の流通には適しているけど、実際に会って心おきなく話すことのほうが、数倍、いや百倍くらいの真実(いろんなものを含んだ意味での)を伝えることができると思う。 ちょっと長くなってしまったので、次回はこの続きで、「神慈秀明会は司法で裁くことができるか?」を考えてみたいと思います。 # by anoano21 | 2005-02-14 01:29
2005年 02月 10日
たしかに、ある意味これは、「エス」対「はなれエス」の闘いなのかもしれない。でも、間違っても、“カルト対カルト”の闘いにしてはいけません。 わたしは、闘いの土俵を、もっと「陽のあたる場所」へ持ってきたい。 決して、「サンダ対ガイラ」のような一部のマニアックな人々だけが知っている怪獣同士の闘いにしてはいけないと思います。(google検索では、4,700もヒットするので「一部のマニアックな」という表現はふさわしくないかも。ご存知ない方は、こちらへ) だから、「チェーンメール」や「落書き」のようなやり方で、エスを批判してはいけません(スミマセン、そんなこと思ってる人いないっスよね)。 それでは、イミテーション・ダイヤをご守護だと思っている低級信仰と、世間一般の人々から本質的には同じだ、と見られてしまいます。 昨日の「日本対北朝鮮」のサッカーの試合を、わたしは、トイレへ行きたいのをガマンして見ていて、日本の劇的勝利で終了すると同時に「ダーッ!」と奇声を発しながらガッツポーズで、トイレへ駆け込んでしまいましたが(失礼)、帰ってきてまたテレビを覗き込むと、こんな垂れ幕が印象的でした。 「サッカーを通じて、つながり合おう」 そのとき、ああ、住みにくいけど、日本は、捨てたもんじゃないなあ。と、思ってしまいました。 これがもし、 「悪の枢軸を倒せ!」なんて垂れ幕が公然とたなびいていたら、それこそ世界に恥をさらすことになってしまいます。 そして、その「陽のあたる土俵」で私たちは正々堂々とシコを踏み、それでもエスが出てこようとしないのなら、それこそ自らの非を認めたと世間からは見られてしまうでしょう。 エスが旧体制下で行なってきた反社会的行為は、fujiyaさんのご苦労で「家族を新興宗教から守ろう」というサイトや、「被害者ネットワーク」などのサイトで、ある程度公然のものとなっていて、必要ならばそこからいつでも取り出せるようになっています。 まだまだ、出尽くしていないようなら、fujiyaさんのページや、このブログへ投稿していただいてもかまいません。 さらに、これからは、社会という土俵へ出ていきたい。とわたしは思っています。それは、具体的な闘いのカタチではないかもしれない。「社会で、シアワセに向かって努力していく」というのだって立派な闘いです。 そしてもし、アンチ・カルト掲示板の2月9日付けのBobさんのように、本当に悩んでいる方々がいたら、そのときこそ「はなれエス」ネット(勝手にいろんな名称を付けてますね)の本領発揮で、お互いのできる範囲で考え、また具体的な方策を提案しあいたいな、と思います。 気をつけておきたいのは、現役エスでメチャメチャ頑張っている人たちの人間性まで、否定したくはない。それは幹部たちに対しても。 エスは、たしかに思想統制などのカタチは、北朝鮮と似ているところがあります。でも、決定的に違うのは、脱北しても殺されたりしません。もしも、そのようなことをする団体ならば、それこそ犯罪行為としてエス崩壊へと向かわせることになるでしょう。 だから、そこに残っている人々のほとんどは、命を狙われているから“自分の心に反して”そこにいるというのではありません。わたしは、一部の人々を除いて、エスの方々も、人間の心は失っていないし、心の温かい方たちもたくさんいると信じています。 でも、少しでも、自分の心を偽って、エスにいるように感じるなら、それは、エスをはなれたほうがいい。自分の人生を大切にしてほしい。 社会はたしかに世知辛いけど、わたしは無信仰者でも「心やさしい」人々のほうが多いと思います。また、ほんとうに心の平安や潤いを与えてくれる信仰もあると思ってます。 また、わたしは、エスが「悪の枢軸」といまだに名指しして常識ある人々(現役エスも含めた)から失笑されている、かの「世界救世教」へ、エスから移っていった人々数名と交流があります。また、有名サイト“岡イン”の主催者とも年一回くらいですが飲みに行くことがあります。といってもわたしは、「救世教」や「岡イン」の回し者でも信者でもありません。 でも、「離脱の神意」に疑問があったり、カルチャーショックで、自分の考え方の幅を広げたいという現役エスの方がいたら、こういう人たちと思い切って接触してみてもいいのではないでしょうか。 ようするに、自分の心が一番大切で、それを育てるためにいろんな体験をするということも、とてもいいことだと思っています。 # by anoano21 | 2005-02-10 22:32
2005年 02月 09日
2005年 02月 08日
池袋浄霊punyoonさんのブログより、トラックバックして記事を書きます。 かなり前にテレビで見たことなので、正確に覚えていませんが、「グレーゾーン」(灰色の思考)に関連した番組をやっていました。(けっこうテレビばっかり見てますね。わたし) 「灰色の思考」というとダークな考えっていう感じの悪いイメージがあるかもしれませんが、ちょっとここでは意味が違います。 その番組の中で、ある研究者が、小学生(10歳以下だったかな?アメリカの学校です)にある問題を出しました。 「ある女性のご主人が、事故で働けなくなってしまいました。そして、彼女の一人息子も病気になり、早く薬を投与しないと死んでしまうと医者から言われます。しかし、彼女には、その薬を買うお金がありません。働き口を探しても見つかりません。どうしたらいいかわからないので、彼女は、お金を盗んでしまい、そのお金で薬を買いました。」 「さて、この女性は、悪いことをしたのでしょうか?」 すると子どもたちの答えのほとんど全員が、「悪いこと」と答えていました。 「なんで?」と質問すると、 「盗んだから」という答えが圧倒的。 同じ質問を今度は、12歳(もっと上だったかも)以上の子どもたちにすると、みんなちょっと考えて、ほとんどの子どもが、こう答えていました。 「わからない」 「なんで、わからないの?」と質問すると、 「盗んだのは悪いことかもしれないけど、もし薬を子どもに与えなかったら死んでいたんですもの。はっきり悪いことなんて言えない。」 その番組の解説者は、ある年齢になると、この黒だか白だかはっきりしない「灰色の思考」を持つようになり、これは、思考(あるいは感情)が発達した証拠だとまとめていたように記憶しています。 エス(神慈秀明会)では、「最後の審判」が近づいていて、善悪正邪があきらかになり、悪は永遠に抹消される、ということで非常識な布教活動などが展開されました(こんなことを強調するから、荒唐無稽な教義といわれてしまう)。 でも、人間は、こんな善悪がはっきりした存在じゃない。もしほんとうに神が厳格に審判を下さなければならなくなったら、おそらく「身体半分天国行き」というのがたくさんでてくるでしょう。 これは、「脱洗脳」を呼びかける側も、心得なくてはいけないことだと思います。 “エス=悪” という簡単な方程式では、誤解をまねくかもしれませんが、わたしは最近ちょっと考えていません。 でも、不正行為を明らかにしておくことは絶対必要です。このへんのこともこのブログでそのうち触れておかなければならないとは思ってます。 昨日の記事で、ちょっとジブリ映画のことに触れましたが、宮崎アニメの魅力の一つは、この「灰色の思考」というより「灰色の存在」ともいえるキャラクターたちが主役になっていることだと思います。 たとえば「千と千尋の神隠し」。 わたしは、かなりアマノジャクで、みんなが「いい。いい。」といって騒いでいると興味がなくなり、その騒ぎがおさまって、話題にならなくなったころヒッソリとビデオで見る、という暗い性格の持ち主(ほんと嫌だ)ですが、ジックリ見てみるとなるほどよく出来た映画だと思う。 この映画に登場する「神様たち」(妖怪)は、千尋ちゃんの純粋な心で見ると、みんな「愛すべき純粋なオバケたち」です。 でも、たとえば西洋的(?)な、善悪の基準でこれらのキャラクターたちを裁こうとすると、まさしく恐ろしい妖怪たちに変身してしまいます。 その代表選手は、この映画の第二の主人公ともいえる「カオナシ」。周囲の人を飲み込んでしまう恐ろしい大悪党と思いきや、千尋ちゃんから見ると、弱々しいかわいいオバケ。 外国の方たちが、宮崎アニメを斬新だと感じるのは、こんなところにあるのだと思う。 欧米の映画で、このようなキャラクターというのは、ほとんど登場しないのではないでしょうか。 たとえば、「ロード・オブ・ザ・リング」には、「ゴラム」とかいう、いつも「いとしいしと」と言って指輪を追いかける不気味なキャラクターがいますが、このキャラクターも最初は、善悪はっきりしない感じで登場していたように記憶してますが、そのうち善悪の二重人格(分裂症)のようになり、結局、悪の存在となってしまいます。 でも、宮崎アニメのキャラクターたちは、分裂しないで善悪が当然のように一つの完成(?)した存在として自然に登場しています。 これは、もともと日本人(あるいは東洋人)が持っている(た)、ほんとは誇るべき(弱点でもあるのかな)性質なのではないかと思います。 あまり突っ込みすぎるとボロが出そうなのでこのへんにしておきますが、わたしは、いま、一生懸命、英語の勉強してるけど、やっぱり典型的な日本人的性格なのかな。なんて、思ったりしています。 # by anoano21 | 2005-02-08 22:30
2005年 02月 07日
![]() 自分を主張すればするほど、自分がどんなに小さな存在なのか、ますます明らかになってしまう。 それでも懲りずに、世界が振り向いてほしいと叫ぶと、知らず知らず、あるいは故意的に、他人を傷つけなければならない。 「大風呂敷」とは、「ほら吹き」のことだけど、わたしは違った意味での「大風呂敷」が欲しい。あらゆる人やさまざまな考えを、すべて受け入れることができるような。 それは高級品ではないほうがいい。 名もない職人が何回も同じ作業を続けているうちに、いつのまにか出来上がった、やさしい柄と丈夫な生地を持つものがいい。 先日、大型古書店で、ベット・ミドラー主演の映画「ローズ」のビデオを買ってきて見ました。主人公の「ローズ」は、伝説のシンガー、ジャニス・ジョプリンがモデルといわれています。 わたしは、ジャニスが熱唱している姿は、まだ見たことがありませんが、ベット・ミドラーの捨て身の演技や熱唱は、実際のジャニスにかなり迫っていたのではないかと想像できます。 映画のところどころでローズが口にする哀しい言葉がいまもコダマしている。 「どうしてみんな遠くへ行ってしまうの」 でも、まともに考えてみれば当たり前で、彼女は酒とドラッグとセックスに溺れた日々で、よーするにただのワガママで、こんな女性が近くにいて毎日振舞わされたら誰でもたまったもんじゃない。 だけど、そんな彼女も実は、スターシステムと現実との暗い狭間にとことん落ち込んでいる存在で、そこから必死で自分を奮い立たせ「私には唄しかないの」と観衆の前に立ち、痛みや悲しみを唱に変えていく姿には、どうしようもなく心が揺さぶられる。 そして、ラストでは、数万人の観衆の前で歌いながら、ボロボロになった彼女はステージの上で、当然のようにコテンと死んでしまう。ローズをめぐる周囲の人々の“剥ぎ取られた後の最後に残った優しさ”以外には、なんの救いもない物語。 それにもかかわらず、彼女への鎮魂歌のように流れてくるエンディング曲「ローズ」が静かに聞こえ出すと、わたしはウカツにも涙を流してしまいました。 ただ哀しいというのではありません。その哀しさは、なぜか不思議なことに「生きる勇気」を与えてくれるのです。 この曲は、ジブリ映画「おもひでぽろぽろ」のエンディングで美空ひばりが歌っているので、そのフレーズを聞いたことがある方も多いと思いますが、映画の字幕を参考にした、わたしの拙訳を、今日の記事の最後に添えておきます。(著作権問題ごかんべん) なお、原文が読みたい方は、こちらへ 人は言う。愛、それは川。 弱々しい葦など、流されてしまう。 人は言う。愛、それはカミソリ。 心を切り裂き、血の出る思いをさせるから。 また人は言う。愛、それは餓え。 終わりのない切望と疼き。 わたしは言う。愛、それは花。 そしてあなたは、ただその種なの。 心は、壊れることを恐れ、 踊りを覚えようとしない。 夢は、目覚めることを恐れ、 チャンスをつかもうともしない。 奪われることを嫌うのなら、 誰からも与えられることはない。 魂が死を恐れるなら、 生きることを学ぶこともできない。 寂しい夜が続くとき そして道が遠いとき あなたは思うでしょう。 愛は運がよくて強い人だけのものだと。 でも覚えていて 冬の最中に 冷たく深い雪の下で、 種は太陽の恵みを受けて、 春には、バラの花になるということを。 # by anoano21 | 2005-02-07 19:49
2005年 02月 06日
昨日の記事で、わたしは、思い込みでグリーンマスターさんについてのあやまった書き込みをしてしまいましたので、その部分を削除しました。
グリーンマスターさんからのメールで指摘があり、私のあやふやな記憶で、彼の農業をやるようになった経緯を語ってしまったことがわかりました。 グリーンマスターさんはじめ、みなさんにも深くお詫びしたいと思います。 # by anoano21 | 2005-02-06 22:00
2005年 02月 05日
N氏から訂正版の原稿が届いた。いや、彼は、ニックネームをグリーンマスターとしてきました。 「マスター」ときましたか…。 彼も同じ「エスをはなれて」頑張っている一人なので、今回は、彼から来た原稿をここに紹介したいと思います。 そして、彼の文中にもあるように、多いに意見の交換を望んでいるので、そのことには大賛成ですので、どんな意見でもかまいませんので、多くのコメントをいただければうれしく思います。 ただ、この原稿に登場する「農法」や「健康法」は、わたしやこのブログとは、(いまのところ)何の関わりもない、ということだけは、一言しておきたいと思います。 <グリーンマスターさんからの投稿> 私は昔秀明会のT支部にいたグリーンマスターです。 今回「エスをはなれて」を知って投稿しました。私の目的は秀明に対する批判や愚痴を言うことではなく、私自身のメッセージを発信することであり、そのためにこのブログをお借りすることになりました。 私は学生時代から十数年間身も心もどっぷりと秀明に浸かって来まして、秀明からきっぱりと離れたのは5年前のことです。ただ一部の方々との個人的なお付き合いは続いています。 そして今は私なりに、私の理想とする世界に向けて二つのことをライフワークとして取り組んでいます。 一つは自然農法です。秀明会や救世教等の岡田茂吉氏を教祖としている教団では教えとして取り組んでいますが、私の知る限りでは岡田氏の自然農法の理念を実現出来ているところはないようです。 私が秀明を離れたときに目指していたのは岡田氏が理念とした自然農法の実現であり、そして現在は新たな農業の可能性としてその普及を視野に入れて考えています。幸いにも私のそういった考え方に共鳴してくださる方がいて、今は研究所の自然農法研究員として仕事をしています。 この文を読まれた方で農業関係の方や、自然農法に関する情報をお持ちの方がいらっしゃれば情報交換をお願いしたいと思います。 二つ目は予防医学です。人間誰でも人生において健康という問題は避けて通れないことだと思います。私は2年前に体の不調を悩んでいまして、そのとき自力整体整食法というものに出会いました。それ以来2年間続いてきて体の不調が次々と改善されてきました。体が疲れにくくなり、ひざの痛みが解消され、風邪をひきにくくなるなど期待した以上の様々な効果がありました。今は健康に関して確実な手ごたえを感じています。 そして私は自力整体整食法体が、体の自然治癒力を高めることで人間本来の健康体にしていくという、予防医学としての理念と効果に感銘し、他の人々にもこの喜びを味わってもらいたいと思い、現在指導者を目指しているところです。 自然農法と予防医学、この二つの手段を通して私の理想とする世界の実現に向けて歩んで行く、それが今の私の存在価値だと考えています。 今こうしたことが言える自分自身になれたのも、これまでの様々な人たちとの出会いや経験があってこそだと思っています。とりわけ秀明で体験したことは自己の魂に深く刻まれた貴重なものであったと思います。今はあのときの経験がものすごく役に立っている。自己の真の在りかたを明確にしてくれました。もしも秀明の体験をしていなければ今の自分はなかったであろうとさえ言えます。 今ではこのようなことを言えてますが、一時期は私も秀明や一部の人たちに対して痛烈な反感を持っておりました。批判、愚痴、怨み言など聞いてくれる人がいれば、しゃべりまくることでやりきれない気持ちを発散していたこともありました。その方たちには今でも感謝しております。 しかしある時秀明での十数年の体験は、魂の輪廻転生という長い時間から見たら一瞬のことであると思え、それまでの秀明の体験に対するネガティブな想念がポジティブな想念に変わり、あの体験自体を自分のものとして素直に受け入れられるようになりました。それがきっかけで自分自身は大きく成長することが出来たのではないかと思っています。 それでは長くなりましたが今回はこれで終わらせていただきます。最後まで読んでくださりありがとうございました。 以上です。 余計なコメントをする必要はないのかもしれませんが、ちょっと彼特有の宗教的な表現が鼻につきますが、「秀明の体験に対するネガティブな想念がポジティブな想念に変わり、あの体験自体を自分のものとして素直に受け入れられる」ようになったというのは、ある意味わたしも学ばなくてはいけないところだと思ってます。 彼は、最初のメールでは、実名での登場を望んでいて、異論・反論・もちろん賛同、なんでもOKということでしたので、コメントいただければわたしも嬉しいです。 # by anoano21 | 2005-02-05 22:20
2005年 02月 04日
わたしたちは、なぜエスをはなれたのでしょう。やはり、あきらかに不正と思われる行為を続けることができなかった。または、組織の枠組みに縛られて自分の心を無理やり閉ざすことに耐えられなかった。あるいは、非人道的な教義(秀明特有の)をそのまま鵜呑みにして信仰していくことができなかった。 などが、あげられるでしょう。 エスからはなれていく過程で、人それぞれのいろんな物語がつむぎだされます。 生活の場所もさまざまで、考え方も一人一人まったく違ってきます。あるときには、その考え方の違いから、仲違いすることもしばしばだと思います。 でも、共通点もいくつかあると思います。 その一つは「心」を失った人々ではないということ。むしろ「心」を大切にしたいから、「はなれエス」になったのです。 わたしは、先日、ふらっとマルイ・デパートへ出かけました。 数台のエレベーターが並んだフロアでエレベーターが到着するのをボーっと待っていると、わたしのいる場所からいちばん遠くはなれたエレベーターの扉が開いているのに気づきました。 あわててそこへ走っていきましたが、すでにエレベーターは閉まりかけ、なんとか<開く>ボタンに手が届き、どうにか乗り込むことができました。 そのとき、わたしは中にいた人がなぜ、わたしに気づいて<開く>ボタンを押してくれなかったんだろうと、不遜ながらちょっと不機嫌な顔で、睨み返してしまいました。 するとそこにいたのは、インド系と思われる青年で、わたしにむかって申し訳なさそうに「ニコッ」と微笑んで会釈してきたのです。それを見たわたしは、ぎこちなくも、すかさず「微笑返し」に応じることができました。そんなさりげないことだけでも、気持がとても晴れやかになり、エレベーターを降りてしばらくは、爽やかな心地がずっと続いていたものです。 「はなれエス」。 ほんとはこんなレッテル、はやく外してしまったほうがいい。 でも、わたしは、こういった「さりげない心を大切にする」人々の総称として「はなれエス」が使えるようになったらいいな、と思います。そうして、その「心を大切にする」輪を、いずれは一般社会に、さらには世界へもと広げていくことができたら…。 そんなことを、このブログのもう一つの目標にしたいと考えています。 そうすると「エス」というのは、そのときには「殺伐」あるいは「世知辛い」などの頭文字から取ったものということになるんだと思う。 わたしは、前々回のブログで、ずいぶんと思い上がった言い方で、Nさんを紹介しようとしてしまったこと、ちょっと反省しています。 できれば、明日あたりにNさんに登場してもらいたいと思います。 それでは、また! # by anoano21 | 2005-02-04 23:07
2005年 02月 02日
エキサイト・ブログがメンテナンスだったようですね。そんなこと聞いてないよー。でも、どっかに掲示されてたのかな。連日残業で、社長からはガミガミ言われるし、ちょっと心身衰弱気味です。 あー海にでも行きたいなあ。たとえばfujiyaさんのブログに載っている写真のような風景が見える場所で、二三日、いや、一週間くらいのんびり過ごしてみたい。 なんてことを考えながら、本棚をまさぐっていると、6年ほど前の雑記帖が目にとまりました。 ここへは、エスをはなれてから、考えたことや読んだ本、映画で気になったセリフなどをほとんど毎日書き込んでいたのです。そのけなげ(?)さに、“自分で自分をかわいい”とまでは思わなくても、エスにいた自分から「ずいぶん遠くまできたもんだ」と我ながら感慨にふけってしまいます。 そこに書かれたものを見ていくと、おや、「カクレキリシタン」についての記述が目立ちます。なんで、こんなことに興味を持ったのだろう。 カクレキリシタンとは、豊臣秀吉による伴天連追放令以来、数々の迫害から逃れるため、特に九州西海岸地方のキリスト教徒たちは、表面上仏教徒を装いながら、キリスト信仰をひそかに守り続けてきた人々のこと。納戸の奥に祀っていたマリア観音などがよく知られています。 明治になって禁教が解け、数百年ぶりに、ヨーロッパからカトリック神父がやってきたとき、「私たちの村では代々、人目を忍んでイエス様を信じ続けてきました。今、こうして神父様にお会いすることができて、この上ない幸せです」と、カクレキリシタンの方々が語ったといわれ、これは、東洋の奇跡といまでも語られるそうです。 そんな中で、「もう隠れている心配はないから、カトリックの信仰を堂々とやりなさい」と神父さんが諭しても、絶対にカトリックに改宗しなかった人々がたくさんいたそうです。いま現在もカクレキリシタンの信仰を続けておられる人々もいるとのこと。 「私たちが先祖代々続けてきたこの信仰を改宗する気はない」 なるほど、このへんに興味を持って、雑記帖に書き記していたんだな。 「あなたたちの信仰は、間違っている」と断言することはやっぱりできない。だけど彼らと一緒に考えることはちょっとタブーだけど、「現役エス」の精神状態もひょっとしたら、これに近いところがあるような気がします。 安易なことを言うと誤解をうけてしまうかもしれないので、「カクレキリシタン」と「エス」のことは、このくらいにしておきますが、「人間」と「宗教」というのは、切っても切れない関係にあると、このごろ強く感じています。 わたしは、先日、あるところからちょっと「現代美術について語ってくれ」と言われ、「いやそんな他人に教えるような知識はない」と断ったのですが、「大丈夫。そんな期待してないから」ということで引き受けてしまいました。 期待してないと言われても、恥は掻きたくなかったので、美術のお勉強を必死でやっていました。(ほら、このブログを何日かお休みしたことがあったでしょ。そのときのことです) それに関連して、いまから5万年ほど前のフランスのラスコー窟の壁画の写真をよく観察したとき改めてビックリしてしまいました。 それは、その写実的な表現もさることながら、動物の足の運びが、正しく描かれているのです。なーんだ、そんなことか。と、思うかもしれませんが、たとえば、近代の名画家ドガ(だったかな?)の競馬馬が走る表現を見ると、前足と後足が揃って同じ方向に伸びています。これは、活動写真が登場するまで、おかしな表現だとは、ほとんど誰も気が付かなかったことです。 それを5万年前の洞窟壁画では、正しく表現できてしまっている。 彼らにとってこの絵は、単なる趣味で描いたのではなく、食うこと、眠ること、などと同じように大切なもの、いわゆる豊作を祈る(あるいは神の化身として現れたその動物自体へ感謝する)「儀式」のために描かれたものだったのです。だからそこに描かれる動物は、写実的なだけでなく、その動物そのものの生をリアルに描く必要があったのだと思います。いわゆる宗教心が描かせた真実の動物の姿だったのです。 このようにもともと「宗教人間」(ユング)であるのに、科学一辺倒の現代で、人間は何か、フワフワとしていて、しっかりとした足場のない状態に身を置いているように感じます。逃げ場を失った宗教心が、いわゆるカルトといわれるものにはまってゆく・・・なんていうのはちょっと、飛躍しすぎでしょうか。でも、こんなことを誰か言ってるんじゃないですか? もうちょっと突っ込んでいろんなことを書き込んでいきたいのですが、夜が更けると頭が「睡眠渇望」状態になってしまうので、いつものことながら、尻切れトンボですが、このへんにしておきます。 # by anoano21 | 2005-02-02 23:31
2005年 02月 01日
「ルサンチマン(=怨恨感情)」愛せない場合は、通り過ぎよあ、これがトラックバックっていう機能なのかあ。 punyoonさん、すみません。単なる実験でトラックバックしたわけではないのです。 そちらの記事が、わたしのいま気になっていることに関連しているようなので、ここぞと思い、トラックバックしてみました。 >「どれほど相手が理不尽で間違っていると感じても、 >愛せない場合はどんな試みも無駄です。(略) >あなたの心に怒りと復讐心が、住み着いてるゆえに。 >どんな試みも、どんな試みも結局は、 >あなたと相手のルサンチマンを掻き立て、 >ただ、双方の生をスポイルすることに終わる」 わたしは、ちょっと、悩んでいました。 それというのも、出演希望の先日の記事でちょっと紹介したNさんから、メールで原稿が届いたのです。 そこには、投稿した原稿に自分の氏名とかつて所属していた支部名を入れるようにとの要請がありました。 これは、本人だけでなく、Nさんの名前を明かすことで、その他の人たちにもひょっとしたら迷惑がかかることもありうるので、差し控えてほしいことを述べました。 それでも、まだ送られてきたものをそのまま掲載するのに、わたしはどうも抵抗がありました。考えていることが、どうしてもわたしには受け入れられない。 でも、同じ「はなれエス」には違いないので、やっぱり折角投稿していただいたので、それを拒否するのは、よくないようにも思う。 とにかく彼とは、馬が合わない。そのくせ、年一回は必ず会っている。 たしかにわたしは一人身で、暇そうにしているかもしれないけど、嫌な相手とわざわざ時間を取って会うほどではない。 ちょっとくすぐったい言い方だけど、「愛せない」わけではない。 ほかにもちょっとだけ訂正してもらいたいところを指摘して彼にメールしたので、こんど返事がきたら、「エスへはなれて」に登場してもらうことになるかもしれません。 ゴメン。こんなひどい前置きをして登場してもらうなんて。これも親しい仲だからできることです。許してネ。 とにかくこのブログでは、「はなれエス」みんなが「シアワセになろう」という遠大な構想のもとに発信されています。その「シアワセ」が、現役エスにまで派生しても一向にかまいません。 そして一緒に「はなれエス」になりましょう。 どうも今日は、ピシッとしない記事になってます。ゴメンナサイ。 でも「シアワセ」っていったいなんでしょう。 “広辞苑”で調べると、「めぐりあわせ。機運。幸福。幸運。さいわい。」などと当たり前すぎてわからない説明が出ています。 それでは、かの独断と偏見とも思える具体的でリアルな説明で有名な「新明解国語辞典」ではどうでしょうか。 「『その人にとっての幸運(幸福)であること』の和語的表現」。 この和語的表現がつくと良く分からないですが、「その人にとっての幸運(幸福)」にはなっとくです。 「シアワセのかたち」は、その人それぞれ。でも「シアワセ」は実際にカタチになると、ちょっとシアワセ度が落ちる。 結局、「シアワセ」に向かって歩んでいるときが、一番シアワセなんだと思います。 まとまりのない記事で、すみません。 今日は、職場で社長に怒鳴られたもんで。くやしいけど、ちょっと動揺しているのかも。 あ、ちなみに「新明解国語辞典」をもっと楽しみたい人は、「新明解国語辞典の魅力」 というサイトがありますので、訪問してみては。 # by anoano21 | 2005-02-01 23:36
2005年 01月 31日
こんにちは。みなさん、コメントありがとうございます。 このブログでは、頑張ろう「はなれエス」(神慈秀明会をはなれた人々)という感じでやっています。 みなさんのガンバッテル体験や近況報告をわたしの記事で紹介したり、コメントで投稿していただいたり、たまにドドーンと特別な出演者に登場してもらう、という感じでやっていくつもりです。 そして、ときどきこのワタクシめの拙い体験談を交えてお送りする予定です。 コメントボックスでは書ききれない場合や、公表できない内容のものなどがありましたら、以下のアドレスへメールしていただいてもかまいません。 さて、今回は、そのワタクシめの拙い体験談から。 わたしは、エスで、「完全自己放棄」という一般社会では、とうてい理解できない世界で生活していた人間で、その世界から、すでにある年齢に達している状態で、社会へポーンと突然飛び出すことになりました。 だから、いい大人でありながら、子どもじみた考えでいっぱいの変な人だ、と周囲の人々は見ていたと思います。 「世間知らず」は、数々の苦労や失敗を生み出しました。 いま現在の職場は、約4年半勤めていて、どうにか腰を落ち着かせている感じですが、それまで、職を転々としました。 でも、「世間知らず」が原因の“思い込み”から来る熱中病も、いまから考えると、楽しい思い出です。 わたしはどうも、いつでも何かに“熱中”していないとダメな性格らしい。そのため失敗したときのダメージは大きくても、また、何か熱中できるものを必死でまさぐることになります。でも、この熱中して取り組むということは、人に迷惑をかけることでないかぎり、失敗してもほとんど後悔することがないようです。 最初に勤めた名前だけは出版社関係の職場は、上司とのトラブルで約1年ほどで辞めてしまいました。このへんのことは、またいつかお話するかもしれませんが、問題なのは、その後のこと。 なにを思ったか突然、わたしは“シナリオライター”になろう、と思ってしまったのです。 そして、いい年こいてフリーターとなり、セッセとシナリオを書き出しました。そして、投稿先は、そのころ一番懸賞金が高かった「フジテレビ・シナリオ大賞」にしました。 その物語の舞台は、「お台場」に設定しました。 いまでは、若者のメッカ・お台場ですが、そのころは「都市博」開催が中止となり、超近代的な建築物が、ひと気のないところにポコッ、ポコッと建っていて、完成、即、廃墟のような不思議な街となっていました。 「熱中しては、ドツボに落ち込む」を繰り返しているわたしは、ドツボに落ち込むと、変な行動に出ます。それは、こういった廃墟のような近未来の見学ツアー、「近未来ウォッチング」に出かけるのです。すると不思議にも心が慰められる。 その街は、すべてが偽物の街です。 「お台場海浜公園」という砂浜がありますが、実は、“遊泳禁止”です。船の博物館に停泊している二度と出航することのない「羊蹄丸」。そして飛べない鳥「ゆりかもめ」。 主人公は、その偽りの街の高層公営住宅に姉と二人だけで暮らす、心に傷を持ち、自分の名前や性格を偽って暮らす女の子(18歳くらいかな)としました。 その女の子は、かつて神戸で暮らし、阪神大震災で両親を亡くしました。 震災で家がつぶれ、女の子は、どうにか家から這い出すことができましたが、両親は家の下敷きのままとなってしまう。救助隊が救助に駆けつけたとき、母の声が聞こえているのでまだ、意識がある状態だったのですが、その近くで、近所の子どもの声が聞こえると、彼女は救助隊に「あの子を先に助けて!」と言ってしまいます。 子どもは無事救出されましたが、両親は息絶えてしまいます。 彼女は、両親が死んだのは「自分の責任」だという重圧に耐えられず、偽名を使い、偽りの性格を装い、姉が暮らしていた東京へやって来ます。そして知人の助けもあり、偽りの街・お台場の公営住宅で暮らしていたのです。 そこへ一人の男の子(21歳くらいの大学生)があることでひと夏をお台場で過ごすことになり、やってきます。 そしてその姉妹と男の子の三角関係を描きながら、その中に午前三時に通過する幽霊電車「ゆりかもめ」の都市伝説を織り交ぜ、女の子が次第に自分本来の心を取り戻していくという傑作ドラマに仕上がりました。 「偽りの心では恋はできない」 というのが、この物語のテーマです。 結果はもちろん見事落選。 でも、なかなかいい仕上がりだったと自分では思ってたんだけどなあ。 しかし、よく考えると、こういう創作活動をしてみるとそのときの自分の精神状態がモロに表現に現れるというのがよくわかります。 表現することにより、まさしく「浄化」(なつかしいこの言葉!)が行なわれるのだと思います。落選したけど、まったく後悔していません。 グランプリを取った作品より、わたしの作品のほうがいいといまでも思ってます(思い込みもほどほどにしろ!)。 そういえば、NHKでいまやってる朝の連続ドラマ「わかば」は、阪神大震災で父親を亡くした女性が主人公ですね。 ちなみに、わたしは毎朝、テレビのタイマー設定で、この「わかば」ちゃんが始まると同時に起床しています。 # by anoano21 | 2005-01-31 19:17
2005年 01月 30日
わたしたち「はなれエス」は、確かに失ったものが大きい。また、周囲の人々に迷惑をかけたことは、償わなければいけないと思ってます。 わたしは、両親にたくさん迷惑をかけました。 また、既婚の方々は、ご主人や奥さんに対して申し訳ないと思っている方もいることでしょう。 でも、昨日、出演していただいた九龍さん(ニックネームOKしてくれました)の体験を聞かせていただくと、やっぱり夫婦っていいな って思います。 先日、テレビをつけると、あの六星占星術の細木数子がでていました。 わたしは、“貧乏暇なし”で、あまりテレビを見ないので、いったいこの人が何者なのかよくわからないのですが、最近ちょっと、ハマッテます。 もちろんこの手の人には免疫が出来ているので、六星占星術の本を買ってきたりなどしませんが、そのテレビ番組の中で、彼女がドイツの文豪ゲーテの言葉を引用していました。 「結婚は、文化のはじまりであり、頂点である」 ゲーテがどこでこのようなことを言ったのかは知りませんが、この言葉が妙に頭の中をめぐってます。 エスをはなれてから、ここしばらくは、空回りだらけでも必死で、社会のこと、人間のことを学んできたつもりです。 でも、まだ結婚は、なにか重たい荷物のように思っていたところがあったのですが、その重たい荷物を背負って生きてみたい。その荷物がないとフワフワとどこかへ飛んでいってしまいそうなわたしです。 あ、こんなことを今回は、書き込もうとしていたんじゃなかったんだ。 「エスをはなれて」へ出演要請に応えてくれた方々が、数名います。 そのうちの一人Nさん。 いま、彼からの原稿を待っているところなのですが、この人とわたしは、毎年一回だけ、それも正月に会い、必ず言い争いをして、最後に「また会おうな」と言ってちょっとだけ仲直りする間柄です。 何しろ言うこと為すこと癪にさわる。考えていることがまったくわたしと正反対。いや、でもひょっとしたら、似ているから癪にさわるのかも。まあ、いい関係なんじゃないでしょうか。 でも、なぜ、これだけ考えること感じることが違うのか考えてみると、これはタイプの違いなんだと思います。 わたしは実は美術関係の仕事をしている(ようするにほとんどお金にならない)のですが、たとえば、美術品を鑑賞するとき、百人百様の感じ方をするものです。 「ほお、これは、いまから数百年前に、どこそかで制作されたもので、○○派の影響を受けているからこのような表現をするんだな。なるほど」 これは、論理的に物事を観察するタイプ。 「ワぁー素敵!なんてすばらしいんでしょう。これ大好き!ワンダフル!」 これは、感情面が発達しているタイプの鑑賞の仕方。 「うん。この色の使い方がいい。このカタチにこの色の取り合わせは、面白い。こんど私の洋服にも取り入れちゃおう!」 これは、感覚的なタイプ。最近この手の人々が街を征服している。 「・・・! そうだこれだ!私の心の中にある何物かがいま目をさました」 これは直感的なタイプ。ようするに常人には何を言っているのかよくわからない。 実はこのタイプの分け方は、あやしくて偉大な心理学者ユングのタイプ論をわたしなりに解釈してみたのですが、ほかにもいろいろなタイプの分け方があると思います。 このタイプが違うということを前提にしないと、意見が違うときにケンカになります。 どうしても、論理的に物事を考察する人が、議論すると勝つ傾向がありますが、よく考えると、先に紹介したタイプは、論理的(理性的)タイプのほかは、みんな“感”の字が入るタイプです。 よって、論理的に物事を判断して、行動する人々は少数ということになります。 そして、その少数の人々は、ほかの大多数の人々を「バカ」だと考えることが多い。 しかし、世界はそんな少数の人々には目もくれず、他の“感”の字が入っている人々によって動かされる。 これは極端なたとえですが、同じ「はなれエス」でも「神慈秀明会」に対する考え方や感じ方がみんな違うということをお互い知る必要もあると思うのです。 「神慈秀明会は、悪徳集団だ!世の中から抹消してしまったほうがいい!」 「いや、秀明という組織がいけないんであって、俺はそこにいる人たちとは今後も付き合っていたい。」 「秀明は、たしかに不正を行なった。だから罪を償う必要がある。だけど私は奇跡を体験した。だから、やはりそこに明主様、あるいは神霊といわれるものがあるのではないか。だから、まったく無くしてしまうのではなく、不正を犯した原因をさぐり、その元凶というものを処罰すればいいのではないか」 「宗教自体が必要ないものだ!宗教をすべてなくしてしまえばいい!」 「わたしは秀明をやめたけど、そんなに悪い集団だったとは思っていない」 これらは、わたしが、被害者の会を募ろうとしたときに聞いたさまざまな考え方。または、それぞれが秀明をどのようになってほしいかという最終到達地点。それこそ百人百様でした。 実際、秀明を相手に裁判を起こしている人でさえ、みな考え方が違っていたのです。 その最終到達地点で一つにくくろうとすると、まったく結束できません。 それを誰か一つの意見で強引に束ねようとすると、しまいにはお互いが憎みあうようになります。 「はなれエス」同士で憎みあっては何にもなりません。 たしかに議論して意見を交換しあうことは必要なことです。でも、このタイプがもともと違うのだ、ということと、最終到達地点は強引には一つにくくれない、ということをお互いが心得ておく必要があると思うのです。 だから、もし、「アンチ・秀明」で何か具体的なことを起こそうとした場合、このずっと先の最終到達地点を話し合うよりも、お互いが手に届くところで何ができるだろうという議論のほうが有効だと思うのです。 わたしはいつもこういうほうへ話を持っていってしまうのすが、これもタイプですね。 「はなれエス」は、みんな『戦友』だと思ってます。 初対面でも、「はなれエス」だと知ると、とたんに旧知の仲のように思えてしまいます。 わたしたちは、失ったものが多いけど、唯一残った宝は、この他では得られない「仲間」という宝です。 これはこれからも大切にしていきたい。 明日は、Nさん、原稿送ってくれるんだろうか。待ってます! # by anoano21 | 2005-01-30 00:10
2005年 01月 28日
みなさん、こんにちは。
画像がなぜかアップロードできないので、今回は画像なしですが、内容的には充実していますよ。 かえるさん。コメントありがとうございます。 お互い「シアワセ」になって、リベンジしましょう。 といっても、わたしは、いまだ「シアワセ」には、ちょっと遠い生活をしていますが、でも、焦らず、気長に、一歩一歩前進して行こうと思ってます。 さて、前回お話しました「海外からのメール」の方が、「エスをはなれて」へ出演OKしてくれました! 実は、fujiyaさんの掲示板でも登場している方。 さらに、この方は、わたしとT支部でしょっちゅう顔を合わせている方でした。懐かしさのあまり、柄にもなく思わずホロリとしてしまいました。 いただいたメールそのままのほうが、みなさんによく伝わると思いますので、わたしとのメールのやりとりも含め、プライベートな部分だけは伏せて書き込みます。 〈○○さんからのメール〉 私は2001年の6月から、主人の転勤により○○○(海外です)に在住です。最初は駐在として来ましたが、おととしの4月、主人がこちらで転職をして、今は別の日系企業で現地採用社員とその家族という立場です。 こちらに来て約3年半、最初はこちらの集会所(海外支部管轄)に日曜日やお祭りの時には参拝をし、主人と浄霊交換・拝読をしていました。一昨年の夏には、お屏風観音様もこちらに持ってきたりしたのですが、この3年半の間にはいろいろあり、秀明会を客観的に見る機会を得、昨年6月はじめにK先生宛てに退会届を出しました。 秀明会をやめるにあたって、fujiyaさんのHPの内容や個人的なメールのやり取りが大きなきっかけになったことは事実でしたが、何よりも、こちらに来て知り合ったクリスチャンの友達の影響が大きかったです。 プロテスタントなのですが、とても信仰的で、あたたかな人です。私といえば、15年以上秀明にいて、助教師の端くれにもかかわらず、振り返れば神様に祈ることも出来ない、恐怖信仰しか身についていない・・・。すごく考えさせられました。これでいいんだろうかと。 そしてfujiyaさんの掲示板にも書いたように「私が心底から良いと思えない、おかしいとさえ思っている秀明の信仰を、子供達にどう教え、導いていくことが出来るのか。それ以前に、そんなことをして何の意味があるのか。子供達を『カルトの子』にしてはいけない」と思いました。 日本を離れる時は、私が秀明をやめるなんて想像もしませんでした。ある意味「足ぬけできるとは思ってなかった」のかもしれません。T支部では、秀明に縛られていることがあまりにもあたりまえだったから。 ちなみに、今、私自身はこちらで日本語補習校というところで教師をしています。補習校というのは、国際校や現地校に通う日本国籍をもつ子供が、日本語の維持・向上や、日本の文化を学ぶ為の学校で、土曜日の午後に授業があります。週一日ですが、とても楽しく仕事をしていますし、毎日が充実しています。 毎週日曜日には、家族で家の近くの教会の日曜礼拝に参加しています。 秀明をやめる事を決めたとき、主人からは「今まで費やしてきたお金・時間・労力は何だったんだ」とかなり責められ、「今まで出してやった僕の時間と金を返せ」とまで言われました。 主人は、結婚前に私が導いたのですが、秀明のことはいろいろ文句を言いながらも、私がそれで充実しているのなら、ということで本当に協力してくれました。主人自身も、○○集会所の男子リーダーをしていましたから。 私が本部に行くときは、会社を休んで子供の面倒を見てくれたり・・・。 主人にも子供にも本当にひどい事をしてきたと思っています。主人にも子供にも、出来る限り恩返しと言うか、罪滅ぼしをしないといけないと思っています。 秀明をやめてからは、私も主人も前より活き活きしてきた気がします。まだ秀明的な思考が抜けないこともありますが、でも、一歩一歩着実に立ち直りつつあります。・・・。 〈わたしからのメール〉 ○○さん。メールいただき、ありがとうございます。とってもとっても嬉しいです。 そうですか。○○○にいらっしゃるんですね。 お仕事も順調そうでなによりです。 > クリスチャンの友達の影響が大きかったです。 どんな風に秀明信者とは違うのでしょうか。 教えていただけたら、大変参考になります。 実は、私はジュニア部で子どもたちが演じる「明主さま劇」を依頼されて、かなり前のことですが、創ったことがあるのですが、「何か違う」のです。 この劇を子どもたちが演じて、何か心にいただくことがあるのだろうか? と疑問に思ってしまったのです。 また、新体制になってから、いろいろな宗教を学んでみたのですが、世界的な宗教は、やはり心に響くものがあり、ドラマチックです。 それが、「明主さま劇」を創ったときに何を子どもたちに伝えたらいいのかわからなくなってしまったのです。 秀明はもちろん脱退していますが、明主さまのことは、いまでも好きなところもあるのですが、唯一絶対神、最高主神だなどという明主さまはどうしても抵抗があります。 ぼくは、このブログを開設して自分は、他人に何かアドバイスができるような人間ではない、ということを痛感しました。 だから、みんなで近況報告または、ガンバッテる報告をし合いながら、自然なかたちで励ましあい、気づいたらいつのまにか、みんなが「シアワセ」になっていたみたいなものを続けてみたいと思っているのです。・・・。 〈○○さんからのメール〉 早速のお返事ありがとうございました。 みんないろいろあって、いろいろ悩んで、いろいろ考えて秀明をやめたんだから、やっぱり幸せにならないとねって、私も思います。 ところで、クリスチャンの友達から感化されたことについて・・・。 そうですね、感化といってもやはりある日突然、というわけではありませんでした。 最初は、たまたま知り合った友人がクリスチャン(プロテスタント)であったということ で、その友人が英語のバイブルスタディーに参加しているということを知り、宗派は違っ ても神様に触れていたいという思いや、キリスト教に対する興味、英語の勉強にもなるか なという考えなどがあって、参加するようになりました。 最初は、聖教書にもあるように『ただ触れてみる』という感じでした。最初は私も秀明の 教えに縛られている状態だったので、キリスト教の、霊界の存在や偶像崇拝を認めない姿 勢が受け入れられなかったり、イエス・キリストを受け入れた人のみが救われるという教 えに反抗的だったり・・・(今でも、キリスト教の教えに納得がいかない部分はありますが)。友達にいろいろ食い下がって議論をしたこともありました。いくら話をしても核心部分になると平行線だと感じたこともありました。 こちらに来て1年目に主人がストレスからひどく体調を崩しました。実は、夜寝ているときにてんかんのような発作が起きはじめたのです。秀明ではてんかんは先祖が地獄で苦しむ姿だと教えられていますよね。それが真実かどうかは私のような凡人にはわかりませんが、そう信じていたことは確かです。 私たちは、体的にはストレスが原因であるとは思っていましたが、霊的には先祖が何かを 訴えているのではないか、○○集会所に置いてきた観音様を御奉祭すればおさまるのではないか・・・。発作のこともKさんに話し、Kさんを通じて観音様の件をお願いしました。でも、H支部長先生まで話が行ったのか、行ってないのか、とにかく時期ではない・・・ということでダメでした。拝読も浄霊もしましたが、発作はおさまりませんでした。そのうち私は、毎晩夜になるのが怖くなりました。私は毎晩主人の寝息に敏感になり、少しのいびきでも心配でおきてしまうようになりました。主人は、発作中に舌を噛んで出血することもありましたし、発作の後は全身が脱力感に襲われるらしく、主人も心身ともにどんどん落ち込んでいくのがわかりました。 それでも、秀明の教えを守り、病院にも行かないでいました。私なりに明主様にも祈って いましたが、正直言って、秀明では『神様に祈る』ということを知らない私でした。秀明 では「人のことを祈っていいけど、自分のことを祈ってはいけない」と言われ、自分の願 い事をすることは罪のように思っていました。ですから、○○○に来て、神様と自分の関係を見直してみたとき、とても神様が遠い存在に思えました。 それに、海外転勤により助教師という霊格だけで、何も御用をしていない自分の願いを神 様がかなえてくれるはずがない、という思いもどこかにあったのかもしれません。とにか く、自分が明主様に祈っても届くはずが無い、私の浄霊は効いてない、本当に浄霊は効く のか?という不安が次々と出てきました。正直言って、秀明の人に助けてほしかった、で も誰も助けてくれなかったし、誰かが私たちのことを心から心配し、祈ってくれていると いうことを感じることすら出来ませんでした。観音様のことも何度か頼みましたがダメで した。ちょうどSARSが流行ったときで、税関で何かご無礼があるといけないという理 由でした。私たちがどれだけ観音様に望みを託していたかとか、そういうことは問題外で した。 とにかく心は不安でいっぱいでした。そんな時、バイブルスタディーで、主人のことを話 したら、そこにいたみんなが真剣に祈ってくれたのです。その祈りが私にはどんなに心強 かったか。そして、その友人達の真剣に神様に祈る姿勢、神様の愛を確信している姿、ク リスチャンでもない私たち家族のために心から祈ってくれるやさしさ・・・。秀明では感 じたことの無かった温かさ・やさしさでした。 その後も発作は起こりましたが、クリスチャンの友達の存在、その友達の祈り、また友達を通して感じる神様の大きさなどが心の支えとなり、気を取り直すことが出来ました。同時に、徐々に秀明的な考え方が自分の中で崩れていくのを感じました。そして、発作に関しては、結局お医者にかかることにしました。今は薬のおかげで発作もなく、落ち着いています。 主人が発作のことでお医者にかかるのと時期を同じくして、2003年の2月末に、 突然主人に帰国の内示が出ました。その時、既に私の心は秀明から離れていたのでしょ う。また東京に戻って、東京支部の中に取り込まれることへの強い拒絶感に加え、帰任後配置される予定の部署がかなり不本意だったこと、会社への不満などいろいろあり、2人で話し合って、退職・再就職を経て○○○に残る決心をしました。 その時もやはりクリスチャンの友達の祈りに支えられました。転職先も帰国の内示から二 週間足らずで決まり、住居のことも別のクリスチャンの友達のおかげで問題が解決され、 本当に全てが神様のタイミングというか、神様の守りの中で進んでいるということを感じ ずにはおれないくらい、とんとん拍子で片付いていったのです。正直言って、このとき私 が祈っていたのは、明主様にではなく、もっと大きい神様でした。 > 明主さまのことは、いまでも好きなところもあるのですが、唯一絶対神、最高主神だな ど という明主さまはどうしても抵抗があります。 anoanoさんもこのようにおっしゃっていましたが、私も全く同じ気持ちです。既にこのときからそういう気持ちになっていたのだと思います。 どうも、一口では説明がつかず、とても長い文章になってしまっていますね、ごめんなさ い。 anoanoさんがfujiyaさんの掲示板かどこかで似たことをおっしゃっていたと思うのですが、私は秀明の中に長年いたことで、誰か困っている人、悩んでいる人がいても、人に対して心から優しくなれない、心から同情できない、すぐに『ああ、この人の曇りだ』などと裁いてしまう冷たい心になっていました。そういう自分に気がついてはいましたが、 どうにも出来ずにいました。 でも、こちらで、何人ものクリスチャンの友人に接することで、友人達の心からの優しさ、慈しみに触れることで、自分が励まされ、支えられるようになりました。そして、今度は『自分もそういう人になりたい』と心から思うようになりました。でも、それにはまず自分が神様から愛されているということを心から感じることが必要だとわかりました。神様の愛を感じ、そして神様を愛することだと・・・。秀明では、そういう経験がありませんでした。人の体験談などでは耳にしたことはあるような気はしますが、自分を取り巻く環境の中にはそれは無かったように思います。 とにかく、ゆっくりと時間をかけてではありますが、キリスト教の教えや友人に触れるこ とにより、自分の心の中に、秀明では感じることの無かった平安、親にすがる子供のよう な神様への思い、そういうものを感じるようになったんです。 クリスチャンの友人達は、みな、明主様の教えにあるように、『何を信仰しているか分か らないけど、とにかく一緒にいて気持ちがいい、この人といれば損はない』、という感じ です。 その人たちに共通して言えることは、キリストを受け入れたことで罪を許されている安心 感、平安、幸せが心にあるということだと思います。 それに反して、私が16年間の秀明での信仰生活の中で得たものは、一言で言えば恐怖信 仰であるということがはっきり分かりました。『人を幸せにしなければ自分は幸せになり 得ない』というのは裏返せば、『幸せになりたかったら、人を幸せにせよ』ということ。 結局自分は自分が救われたいがために御用をしていたのです。秀明の中にも、自分は救わ れていると感じている人、本当の利他愛でやっている人ももちろんいると思います。で も、私自身は、そのように感じたことはあまり無かった気がします。 でも、クリスチャンは違います。自分は既にキリストによって救われている。だから、他 の人も救われるように、お手伝いをしたい。喜びにあふれています。とにかく、自分は許 されているという大前提があるから、自分のことは二の次にしてでも人に対して思いを寄 せられるし、救いの手を差し伸べてあげられる。。。そういう感じかな。 そのことがとても羨ましく思えました。自分もその平安を味わってみたいと思いました。 現在、キリストを受けいれたわけではありませんが、少なくとも、今、教会に通ってい て、とても気持ちが落ち着いています。主人も同じ気持ちのようです。私にも『お光をし ていたときとは、随分変わったね』と言います。神様との関係を楽しめるようになりまし た。神様をより身近に感じられるようになりました。神様に祈ることに喜びを感じられる ようになりました。 ちなみに、主人にanoanoさんのことを話したら、主人もよく覚えていました。 すみません。自分でも、3年以上かかって今の気持ちにたどり着いたので、なかなか手短 にはまとめられなくてこんなに長くなってしまいました。本当はもっといろいろあったの ですが、これでも省いて書いたつもりです。 メールのやりとりの内容は以上です。 わたしも、秀明を完全に離れるきっかけになった一つの出来事は、入院でした。美食家でもないのに「通風」になってしまったのです。あまりにも発作がすごかったので、病院に行く決心をしました。 そして、病院での看護婦さんたちの温かさや、同室の病人たちの優しさ、また、薬は毒かもしれないけど、「人間の叡智の賜物」だということもハッキリわかりました。こんなに簡単に発作が治まってしまうんだったら、なんでもっと早く医者にかからなかったんだろうと思いました。 さらに、わたしを心配して見舞いに来てくれたのは、秀明では、不良信者と言われていた人たちだけだったのです。いまから思えば、教えのみで行動するのではなく自分の心で行動している人たちだったんだな、と思います。 まだ、いろいろ書きたいこともありますが、夜も更けてきたので、このへんにしておきます。 出演、ホントにありがとうございました。 # by anoano21 | 2005-01-28 23:24
|